
とても良い本でした。
保育のことを書いているのですが、その論点の本質は、小学校以降の問題解決学習や、高校にまでに至る探究的な学習とも通ずる点が多いように感じました。
「影響力」「責任」「イニシアティブ」という言葉が、個人的には本書のキーワードのように感じました。
時として、「子どもたちは、いったい何歳になったら影響力をもち、自らの日常に影響を与えることができるようになるのか?」と質問されることがあります。さらに、この「影響力」というものについて、就学前学校の一番小さな子どもたちにも当てはまるのだろうか、と疑問に思う人もいます。これらの質問に対する私たち著者の答えは、「年齢はまったく関係ない」というものです。(p.39.)
このように、本書では、幼少期から、子どもの意見を聞き会話をし、本人に影響力と責任を自覚させ、本人の意見を尊重したり、周りとの話し合いによって合意を導く機会を設けようとしています。それは決して簡単ではないのですが、カギとなるのはシンプルに言えば「会話をすること」であり、さらに言えば「問いを立てる」ことなのだと感じました。
どのようなことであれ、あなた自身が問いを立てることが一番大切です。私たちには、自分の 疑問、意見、理解を表現することもなく黙って座っているだけという場合がよくあるわけですが、そのような状況は就学前学校でもよく起きています。こういう状況のときには、質問を投げかけたり、自分の意見を述べたりして、議論や会話を促すようにと私たち著者は言っています。(p.51.)
関連して、「日常生活における民主主義」という言葉も印象に残りました。
私たち著者は「日常生活における民主主義」という言葉を使いたいと考えています。なぜなら、民主的な考えは、日常生活の中における私たち人間同士の関係、そして、そこで起きる出来事を通して発展していくということをこの言葉が表しているからです。(pp.67-68.)
この話は、教育文脈で見れば、いわゆる「子ども理解」と近いところがあるとは思うのですが、民主主義教育の文脈から「子ども理解」を捉えなおす可能性を本書から感じました。「僕は、やっと子どもたちを発見しました」(p.152.)と述べるミカエルのエピソードは印象に残りますし、子どもが何を考えているのか尋ねてみるべき、という指摘は各所に見られます。
また、幼児期の子どもの影響力を考える際に、大人がもつ「優位性」と、それに伴う「従属性」をしっかりと自覚しておく必要性が指摘されています。
子どもたちは経験を通して学ぶため、常に経験を重ねていく必要があります。多くの子どもた ちは、就学前学校にはたくさんのルールがあるので、自分が置かれている状況に自分で影響を与えることができないと言っています。この事実を深刻な問題として捉えなければなりません。子どもたちは、あらかじめすべてが決められているのだから自分の考えを示すことに意味がある、とは考えていないのです。先生たちは、子どもたちの就学前学校での生活に対して責任を負っています。そして、子どもたちは、大人たちがもっている責任能力や力を行使する能力に依存しています。それだけに、大人たちは優位性と従属性についてしっかり認識しておく必要があります。(p.66.)
この優位性と関連しつつも異なる視点として、子どもがイニシアティブをとる場面と大人がイニシアティブをとる場面の両方が重要であるとも述べています。これは、授業作りなどとも繋がる点かと感じました。児童生徒の興味関心だけを重視するというわけではなく、その興味関心を掘り起こすような優れた教材提示が必要である、といった話を連想しながら読みました。
子どもたちが何かに関心を示していることに気付くのは簡単です。子どもたちがイニシアティブをとることは、子ども自身にとっても大切なのです。一方、大人がイニシアティブをとることも、子どもと先生にとって新しい世界を開く可能性をもたらします。私たち著者が経験してきたのは、大人が本心から疑問や好奇心を抱いたとき、子どもたちもまた興味を示すということです。すべての子どもや若者は、就学前学校や基礎学校において、先生から決まった答えを求められることがあると知っています。これに対して、先生自身が心から興 味をもっていることについて子どもたちに尋ねたら、違う反応が返ってくるでしょう。つまり、 答えが与えられていないものについてであれば、子どもたちと先生はさまざまな答えを考える機 会がもてるということです。(pp.191-192.)
また本書が素晴らしい点の一つが、様々なエピソードが盛り込まれて説明されている点です。個人的には以下のエピソードが好きで、ただ、親目線では私自身がどこか心がグサッとくるような話です。ちなみにこの本では、親目線でグサッとくる箇所が何か所もあります…。
民主主義の取り組みを積極的に行っている就学前学校での様子を紹介しましょう。子どもたちは、自らの声で自分自身を表現することで一日の生活に影響を与えるといった経験ができなければならないという例です。
ある朝、母親が娘のキムと一緒に就学前学校にやって来ました。先生がキムに対して、「午前中の過ごし方について、屋外と屋内のどちらがいい?」と尋ねました。
「先生、娘はまだ三歳だというのに、自分で分かっているということでしょうか? 私は外のほうがいいと思いますし、選ばせる必要はないんじゃありませんか。子どもには新鮮な空気が必要ですよ。」(p.122.)
教育者と親の関係も議論がされているのですが、この点については今後も私自身が考えていかないといけない論点だと感じました。
最後に、『パイオニアキッズ』を運営されてている宮武さんの論考の中で、「日本の保育園・幼稚園では、「子どもの主体性を大事にする」 という言葉をよく使っています。「遊びは学び」と捉えて、子どもの主体性を大事にすることで学びへの意欲をもたらし、自己肯 定感を高めていくと考えられています。しかし、それだけでよいのでしょうか。たしかに重要なことですが、それだけだと「身勝手」な子どもを生みだしてしまうことにもなります。(p.207.)」という指摘があり、改めて幼児教育を民主主義で捉えなおす議論の可能性を感じたりもしました。もちろん、幼児教育の関係者の皆さんも、民主主義的な要素を意識としては捉えているのだと思います。ただ同時に、その政治性が薄まって他のキーワードにすり替えられてしまう、といった構造はあるのかもしれないなあと読んでいて思いました。
この話は、幼児教育に限った話ではなく、あらゆる教育に繋がる話だと思います。
勉強になりました。