
高齢者介護の様々な施設を取材した記録です。当時はまだ介護保険制度はありません。
それゆえに、介護の公的負担をめぐる論争性を、この本の中に見ることができます。
例えば以下のような指摘です。
高齢社会の福祉ビジョンの議論をするときに必ず出てくるのが、「何も公が福祉をやる必要はない。みんな民間に任せて、高齢者は自由に自分の好みにあった必要なサービスを選択して 購入すればいいではないか。そのほうが行政がやるよりも効率的で安くてよいサービスが提供できる」という意見だ。この考えに対して現状からいえることが二つある。第一に、介護の費用を全額自己負担でまかなうことは、一般庶民にとってはほぼ不可能であるということだ。シルバービジネスを購入できる層は将来的に多く見積もっても、日本の高齢者のうちの裕福な一部の層であり、社会における介護の根幹をシルバービジネスが担うことはありえない。シルバービジネスは公的サービスの補完、すなわちプラスアルファである。第二に、公的サービスと真っ向から競争したら生き残れないが、自治体から委託を受け、シルバービジネスがサービスの実施主体になるかたちなら、市場を広げることが可能である。公の資金を回さず利用者個人の費用負担だけに頼ると、シルバービジネスの普及には限界がある。 ビジネスの市場拡大は、ニーズだけでなく購買力に左右されるからだ。(p.107.)
まず、公的保険や税金だけが「負担」ではないということ。公的福祉を伸ばしても伸ばさなくても、あるお年寄りが必要な介護の量はそもそも変わらない。公的福祉が遅れているから、シルバービジネスから介護サービスを買うならば、それも負担であるし、家族が無償で介護するなら、それも負担である。自己負担や家族の肉体的・精神的負担を棚にあげて、公的負担のみを「負担」とみなすのはおかしい。たとえ、介護保険料を払ったとしても、それで家族関係 が円満になり、介護者が仕事をやめなくてすみ、お年寄り本人も尊厳を保って暮らすことができ安心感が増し、自己負担が減れば、それは安い「投資」ではないだろうか。(p.215.)
本書後半では、スウェーデンとドイツの事例が出てきています。こちらでも、高齢者介護を公的に負担することの合理性や意義を強調しています。
例えば、スウェーデンにおいて、高齢者対策の重心を「医療」から「介護・福祉」へ転換することで、医療費の高騰に歯止めをかけた例がでてきます(p.190.)。また、ドイツの介護保険、社会保障についても取り扱っており、介護保険の導入において、「在宅での介護がれっきとした『労働』と位置づけられたことは画期的である」(p.210.)と述べられています。
国内の高齢者介護に関わる様々な施設の調査・取材の記録は、非常に具体的でイメージしやすく、それゆえに施設・サービスの問題点も鮮明化してきます。「社会的入院」体験の報告はインパクトが強く、それゆえに「トイレ権」(p.70.)の話は著者の主張がストレートに伝わってくる気がしました。
その他、気になった点をメモ。
いわゆる「村を捨てる学力」の問題についてです。
これは私が教育学関係者だからこそ特に気になるのですが、やはり、地域の人材を育てる教育とはどうあるべきかという点は、現代的な問題として捉え続ける必要があるように思いました。
西川町は町ぐるみで教育に力を入れてきました。しかし、大きな矛盾は、町が子どもの教 育に力を入れれば入れるほど、子どもたちは大都市に優秀な労働力としてとられてしまうことです。いくらお金をかけて教育環境を整備しても、子どもたちが成人して、納税者になるころにはみんな都会へ出て行ってしまいます。都会の企業は地方の農山村に対して”ふるさと税” を払うべきですね。私はこの町で一生懸命働いている人、働いてきた人が報われるべきだと思います。そういう人たちが老後も安心して生活できるべきです。そのためにも高齢者福祉の充実は欠かせないと思っています。(p.145,)
もう一点は、女性の政治参加の重要性についてです。
本書でも、「高齢者福祉を充実していくには、女性の発言が欠かせない。」(p.178.)とされます。そもそも論として、高齢者福祉への関与の度合いが女性に偏ってしまうことも問題ではあるのですが、現状の様々なデータを鑑みるに、まさに女性の発言の重要性は感じます。スウェーデンの事例も以下のように指摘されていました。
「スウェーデンでは地方選挙も比例代表制ですが、どの政党も名簿のトップに女性を入れないと票がとれません。それだけ市民が女性政治家に期待しています。また、スウェーデンでは地方政治が女性の日常生活を大きく左右します。ホームヘルパーなどの介護職員の九割が女性、 老人ホームの入居者の九割が女性ですから、そのトップに女性がなることは当然のことだと思います。保育や高齢者の介護の問題を、男性だけにまかせていられません」
福祉についての大きな権限が自治体に移された社会では、地方政治家は、中央集権時代に多く見られた”地域の顔役”や“名誉職”ではつとまらない。福祉に関心が高い市民やその分野における多くの知識や情報を持つ市民が地方政治の舞台に求められる。そして地方政治に、女 性議員の活躍が求められる。スウェーデンでも60年代までは女性議員の比率は10%以下であり、女性政治家の数が急激に伸びたのは1970年代初頭のことで、その歴史は新しい。(pp.198-199.)
「どの政党も名簿のトップに女性を入れないと票がとれません。」という話はまさに象徴的でした。誰がその問題を語るべき当事者と言えるのか、という点はジェンダーギャップ指数の政治分野が極端に低い日本において、特に考えていかないといけない論点のようにも感じました。