
少子化をキーワードにして、複数の国の事例を紹介している本です。
韓国、中国、フランス、イスラエル、米国、ハンガリー、フィンランドが主な調査対象国となっています。
各国の個別の悩みや課題意識を垣間見ることができます。どこの国も苦労していますね…。
国際比較という点で言えば、『少子化する世界』とも問題意識は近いかとは思います。
いくつか印象に残った点をメモしておきます。
日本の家事に対する規範が強いという点です。一口に育児といっても、子どもの教育面を頑張るのか、家事全般を頑張るのか、親の役割意識は国によって異なります。ベビーシッターを頻繁に利用する国かも、これらの点と関係してきそうです。本書では、日本が家事や食事作りにおける母親の役割(期待される役割)が大きいとも述べられていました。その点、韓国は教育に関する母親の役割が大きく、台湾や東南アジアなどでも、他人が家庭に入り家事をすることに抵抗感がない、という点が日本と対比的に示されています。(p.44.)
子どもが生まれる様々な可能性を検討する中で、家族像自体を問い直す内容ともなっています。例えば婚外子や精子バンクの精子提供から生まれる子供をどうサポートするかという話も出てきています(p.116.)。そういった観点からいかに産みやすい環境、安心できる環境を作っていけるかという点が議論となるべき、という話が、例えば、同性婚の是非などの規範的な議論に終始しないために重要であるように紹介されていました。
あと、同じく山口氏の、「少子化についてリプロダクティブ・ライツ(性や生殖に関する権利)から語る国と、国力から語る国があります。」(p.115.)という話には、ハッとさせられました。
フィンランドの事例で、「手厚い支援と男女平等社会でなぜ出生率減?」という問いが掲げられています(p.227.)。この問いにもあるように、「国が豊かになると少子化が進む」という構図はある程度は否定しがたく、どういう少子化ならば受け入れられるのかという問いが本書の背後にあるようには思いました。それが労働生産性の議論であったり、テクノロジー利用の議論であったり、人の幸福度指標の議論などとも関連していきます。
そのような中でも、日本の「人口の減少がいつ止まるか見えない」(p.270.)点などは不安視されていたり、社会保障を支える経済成長が求められている点も挙げられています。同時に、改めて「日本はそもそも、経済的な子育て支援が少ない国」(p.278.)であることも言及されています。
少子化の話を、いかに経済成長や社会保障の議論と無理のない形で(露骨な国力の議論としてではなく)つなげ合わせていくか。その点を考えさせられる本でした。