論文メモ

論文読後メモ

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読んだ論文の一部の記録・抜粋を書いています。(非常に気まぐれにしかやらないのですが…)

【論文15】星 瑞希(2019)「生徒は教師の歴史授業をいかに意味づけるのか? ―「習得」と「専有」の観点から―」『社会科研究』90,25-36.

S教諭の「討論授業」を、歴史学を追体験する授業として意味づけるA高校の生徒はいなかった。この点は米国において生徒の歴史学習の意味付けを調査するバートンらの「歴史的説明がどのようにつくられているかを学ぶという観点から歴史教育の目的を捉える子どもたちが合衆国に存在することを示す先行研究はほとんどない。」という指摘とも合致する。歴史学者の追体験としての歴史授業を生徒が意味づけることには限界があるのかもしれない。(p.35.)

【論文14】星 瑞希(2023)「高校生は主権者育成を目標とする歴史授業をいかに意味づけるのか:学習文脈と生徒の特性に着目して」『質的心理学研究』22(1),83-101.

近年、歴史教育において、歴史を暗記する授業に変わって、歴史家のように過去の文脈を探究するアプローチが主流となっている「歴史する(doing history)」という教授法が提唱されている(星・鈩・渡部, 2020)。しかし、本研究の成果を踏まえると、「歴史する」が過去の探究のみに止まるならば、嗜好としての歴史の学びを行う生徒以外が肯定的に意味づける可能性は低いと考えられる。(p.100.)

【論文13】村井大介(2019)「公民科教師のライフヒストリー研究:教師の語りから教科への希望を構成する」『平成30年度第41回ペスタロッチ祭特別講演記録』141-149.

【論文12】岡林菜子(2024)「進学校出身の学生はいかにして主体的に進路を選んだと認識するのか:大学進路指導を振り返る学生の語りに着目して」『九州大学教育社会学研究集録』27,79-94.

【論文11】久保田貢(2007)「『机化』する子どもたちを起こす社会科教育の特質と教師の発達についての研究:井ノ口貴史へのライフヒストリー的アプローチ」『社会科教育研究』102, 25-36.

【論文10】日下部龍太(2011)「日本統治下台湾の初等教科書に見られる社会観形成の論理:分割支配を意図した民族別教科書の記述差異に着目して」『社会科研究』74, 31-40.

【論文9】藤瀬泰司(2014)「批判的教科書活用論に基づく社会科授業作りの方法:教育内容開発研究に取り組む教師文化の醸成」『社会科研究』80, 21-32.

【論文8】両角遼平・石井佳奈子(2026)「台湾の中等公民教科書における「国民」記述の構造と特質─教科書記述の論理構造分析を通して─」『公民教育研究』33, 49-64.

2000年版教科書は既存の政治秩序である「国民国家」を前提化し、2010年版教科書は「ナショナル・アイデンティティ」概念を用いることで「台湾人」が抱える政治的葛藤を可視化し、2022年版教科書は「公民身分」概念を用いることで民主的価値による統合の実現化を促していた。このように、台湾の公民教科書における「国民」記述からは、国民を様々な概念から再構成しようと試みたことが明らかである。(p.61.)

台湾の事例を通して、国民が自明の存在として措定される構造を可視化したが、これは日本の公民科教科書における「国民」記述を再検討する上でも有効な視点である。(p.62.)

【論文7】桑原敏典(2000)「自律的な価値観の形成を目指す社会科論争問題学習―『アメリカの社会系論争問題』を事例として―」『社会系教科教育研究』12, 97-104.

【論文6】神尾陽一(2026)「二人の教師による公共性と採算性のジレンマ学習の実践─社会的ビジネスマインド学習モデルの提案─」『公民教育研究』33, 33-48.

公民科教育と商業科教育が融合することで、公共性と採算性の双方を比較しながら意思決定できる主体を育成することが可能となる。(p.34.)

このことから、教師による戦略的な価値観の揺さぶりが、その後の対話や内省で生徒の判断変容に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。ワークシートの記述内容や用語頻度の分析もこの差異を裏付けている。(p.45.)

【論文5】横山省一(2026)「平均値推測ゲームがもたらす金融経済教育の可能性─ナッシュ均衡の理解、投資イメージ、投資判断能力に対する効果の検証─」『公民教育研究』33, pp.17-32.

本研究の最終的な目標は、投資判断能力の育成である。ナッシュ近郊の理解や投資イメージの改善は、その基盤となる重要な要素であり、これらを段階的に積み重ねることで、他者の思考を予測するという投資判断の本質的な能力が育成されることが示唆された。(p.29)

【論文4】川崎誠司(2012)「アメリカにおける多文化教育の理論と実践:公正な社会的判断力をどう育てるか」『社会科教育研究』116, 109-129.

【論文3】小貫篤(2026)「シンガポール社会科における法的紛争解決─教科書”Resolving Conflict and Building Peace”の分析から─」『公民教育研究』33. pp.1-16.

社会科で取り扱われる多様な社会事象は、人々や集団の利害、価値観、立場の相違が、資源・空間・制度をめぐって対立として現れる課程として理解することができる。このような理解のもとで、従来の学習内容を変えずに、「紛争解決」の考え方(具体的には、「紛争は、信念・考え方の違い、領土争い、資源争い等によって発生する」「紛争は、個人間、社会、国家間で発生する」「紛争を友好的に解決する方法には、交渉と中立的な第三者の関与がある」等の考え方)で貫く。これは、地理における復興、資源、領土、歴史における革命、戦争、外交、公民における法、政治制度といった学習内容を、「紛争の発生と解決」という視点から再構成することを意図している。(pp.12-13.)

【論文2】岡島春恵(2018)「中学校社会科教師の教科観の形成に関する事例研究ー教科観形成の多層性と多面性に注目してー」『社会科研究』88, 13-24.

今回の調査では、社会科授業の目的について語る際に将来、生徒にどのような市民になってほしいかという点から語り始める教師(B、D、E教師)とどのような生徒であってほしいかという、学校での望ましい生徒の姿から語り始める教師(A、C教師)が見られた。(p.22.)

今回の調査の少ない事例からではあるが、このよう教科観の違いが生じたその形成過程を、それぞれの教師のキャリアから推測してみたい。(p.23.)

【論文1】渡邉巧・阪上弘彬・岡田了祐(2025)「社会科地域学習における小学校教師の授業づくりの特質および背景―インタビュー調査をもとに」『E-journal GEO』Vol.20(2), 392-404.

5名の語りの背後には,社会科教育および地域学習に関する【教師の目的・目標】の違いがみられた.それらは,「地域理解」もしくは「地域参加」を重視したものに分かれる.(p.401.)

5名の教師たちは,地域学習の目的を自覚して,授業づくりを行っている.社会科を熟知していても,地域学習では教材開発または学習評価で困難性を経験していた.また,教師自身が,地域の教材を深く研究しているがゆえに,その過程および成果を子どもに追体験させることの教育的意義を自覚しつつも,子ども主体で授業をつくることとのジレンマも語られた.さらに,学習指導要領および教科書,地方自治体等で作成された副読本を自律的に読み解き,その問題性および不十分さを見抜いた上で活用していた.(p.402.)

Westberg, J and Primusb, F. (2023). Rethinking the history of education: considerations for a new
social history of education. Paedagogica Historica, 59(1), pp.1–18.

Polenghi, Simonetta. (2024).Histories of educational technologies. Introducing the
cultural and social dimensions of pedagogical objects. Paedagogica Historica, 60(1), pp.1–17.

遠座知恵・橋本美保(2023)「教育教授研究会の設立とその活動:「実際家」による教育学研究の当事者化」『日本の教育史学』66 6-19.

橋本美保(2005)「及川平治『分団式動的教育法』の系譜ー近代日本におけるアメリカ・ヘルバルト主義の受容と新教育」『教育学研究』72(2), pp.220-232.

しかしながら、ある教育者や実践が体制に抗し得たか否か、社会改革に貢献できたかどうかによってその思想や実践の質を評価できるとは限らない。実践そのものに内在する本質的価値に基づいて大正自由教育を評価することは、その歴史的意義を重層的に捉え直す試みとして必要であろう。(p.220.)

このように、及川が翻訳に用いた主な教授書はヘルバルト主義の影響を強く受けて書かれたものであった。及川はヘルバルト主義教育を批判しながら、なぜこれらの書物を用いたのであろうか。それは、アメリカのヘルバルト主義が、当時日本に輸入されていたドイツのヘルバルト主義とは異なった形で発展していたために、ヘルバルトやヘルバルト主義の理論を正しく理解できていなかった及川には自ら拠っているものの立場が理解できなかったためである。(p.228.)

文検受験のために種々の教育学者によって教育理論を学び、さらにアメリカの教育学を熱心に研究した及川であっても、ヘルバルトの教授理論を理解することは困難であった。それは、ヘルバルトが樹立した「教育学」のうち、「教育の方法」の基礎であるはずのヘルバルト心理学の理解が不十分であったことに起因すると考えられる。教育学研究における「二つの系列」の乖離もさることながら、理論的研究の内容が「教育の目的」に偏っていたこと、すなわち教育学における心理学的研究の欠如もまた、日本の教授理論の構築を阻む要因となっていたのではないだろうか。(p.229.)

北山夕華(2023)「多様性に応じる教授法の実践と省察:社会正義を志向する主体としてのノルウェーの教師教育者に注目して」『教育学研究』90(3), pp.473-484.

多文化教育の実践に際しては、文化の差異に注目するゆえに、文化本質主義に陥る危険性が伴う。実際に個々の文化やエスニシティの内部もまた多様であり、個人のアイデンティティは、ジェンダーや社会階層、進行などから複数的に構成されている。また、その一つ一つに社会構造に組み込まれた特権と抑圧の力学が存在することを前提に、それらを重層的に交差したものとして、インターセクショナリティ(交差性)の視点から捉える必要がある。(p.475.)

教師教育者の語りからは、ノルウェーにおける不平等問題を取りあげることに不快感を示したマジョリティの生徒の例だけでなく、サーミの抑圧的な歴史についての授業に対して当事者学生が拒否感を示した例や、自身のルーツを知らなかったトラベラーの悪臭の例のような、実践面における困難も浮かび上がった。これらは、歴史的・社会的・政治的に構築された権力関係や不平等を内包してきた社会構造の中に、教師と学生、また、マジョリティとマイノリティの双方が身を置いており、彼らの思考や態度もまたその影響から自由ではないことを示している。すなわち、CRPにおける脱植民地化の視点は、多様性に応じた教授法の理念だけでなく、実践面においても欠かすことのできない要素であるといえる。(p.481.)

星瑞希, 鈩悠介, 渡部竜也(2020)「「歴史する(doing history)」の捉え方の位相」『日本教科教育学会誌』42(4), pp.25-37.

中村洋樹(2021)「生徒と歴史教育との学習レリバンス構築のための主題的歴史カリキュラムの構成―“Teaching U.S. History Thematically”を手がかりにして―」『四天王寺大学紀要』69, 85-107.

「歴史総合」のカリキュラムを見据えた実践研究や提案には、川島の実践研究のように、生徒にとっての学ぶ意味・意義や生徒の受け止めを踏まえたカリキュラム開発の事例も見られる。しかし、全体的には、近現代史重視という内容構成面、あるいは、生徒主体の授業形態や学習方法に関心が集まり、生徒と歴史教育との学習レリバンスの構築という点への関心は低い。以上のような実践研究や提案の動向を踏まえると、歴史学の論理だけではなく、また単なる生徒主体の学習方法に還元するのでもなく、生徒と歴史教育との学習レリバンスの構築に主眼を置いた主題的歴史カリキュラムに関する研究を進める必要がある。(p.88.)

(『米国史を主題的に教える』のカリキュラム構成の特質について)
第一に、アメリカ人のアイデンティティに関する本質的な問いをカリキュラムの中学にした上で、各単元において政治、経済などの分野において時代を超えて問われてきた本質的な問いを設定している点である。・・・(中略:斉藤)・・・第2に、主題ごとに過去200年の米国史を繰り返し学習していくカリキュラム構成になっている点である。(p.94-95.)

(単元構成の特質について)
第一の特質は、現代的課題の問いを探究することからスタートして、本質的な問いを探究する構成になっている点である。本カリキュラムは、どの単元においてもまず主題に関連する現代の事例を学習した上で、過去200年の米国史を学習することになっている。(p.99.)

中村洋樹(2017)「中等歴史教育における真正の学習と歴史的議論の論述 ―“Reading, Thinking, and Writing About History”  を手がかりにして―」『社会科研究』87, 1-12.

河野大樹(2022)「社会科授業観を教師が問い直す授業省察モデルの再構築」『広島大学大学院人間社会科学研究科紀要. 教育学研究』3, 376-385.

中村洋樹(2015)「歴史的に探究するコミュニティの論理と意義」『社会科教育研究』124,1-13.

中村洋樹(2016)「真正の歴史学習における歴史学的概念の学習原理-B. A. レッシュの授業実践を手がかりにして-」『日本教科教育学会誌』39 (1),49-58.

金鍾成, 山口安司, 久保美奈, 鈩悠介, 城戸ナツミ(2021)「自らの国の愛し方を批判的に検討できる市民を育てる中学校社会科授業のアクションリサーチ-ナショナリズムと批判的パトリオティズムを概念的枠組みとして用いて-」『社会系教科教育学研究』33, 51-60.

上記論文の抜粋
筆者らは、理論と実践をともに示すことができるアクション・リサーチ、そのなかでも「デザイン原則」を重視するデザインベースド・アクションリサーチ(以下、DBAR)を行った。DBARは、問題状況を改善するための諸理論からデザイン原則を抽出すること、その原則を生かした介入を計画・実践すること、その結果を省察しデザイン原則と介入の改善を図ることからなる研究方法論である。DBARは従来のアクションリサーチでは主体の暗黙知の領域にあったデザイン原則を学問の領域で議論することで、理論と実践のスムーズな接続、また提案された介入のより広い文脈での適用を支援する。

p.52.

「対話」コードの取り扱いについて、前節で論じたように、「対話」コードだけでは、批判的パトリオティズムを担保することができない。相手の対千葉を踏まえて相手との話し合いを試みる。「対話」コードは、他者に開かれた国の愛し方になる可能性を秘めているものの、それは同時に他者を説き伏せるための話し合いになってしまう可能性をも秘めている。よって、批判的パトリオティズムを四顧しようとする社会科授業では、「対話」コードだけではなく、批判的パトリオティズムの本質が集約されている「分離」コードをも同時に出現するように、批判的パトリオティズムの概念を獲得・活用させる際の工夫が必要である。

p.58.

粟谷好子(2018)「教育実習生の中等社会科授業構成能力を評価するルーブリック開発のアクションリサーチ : 実習指導Bを対象として」『広島大学大学院教育学研究科紀要. 第二部, 文化教育開発関連領域』67, 57-66.

金鍾成(2016)「「対話型」国際理解教育への試み ― 日韓の子どもを主体とした「より良い教科書づくり」実践を事例に ―」『社会科研究』84, 49-60.

上記論文の抜粋
ハーバーマスが言うように、「知識としての他者理解」から「自己と他者の相互理解」への転換は、他者を理解の対象として捉える「主体ー客体の対話」から他者を対話の相手として捉える「主体ー主体の対話」への変革だとも言える。本仮説を証明することで国際理解教育における「真正の対話」の価値を再発見することができると考えられる。

p.52.

日韓関係における教科書は、その緊張関係を高める主な「犯人」としてみなされてきた。しかし、本研究では他者の視点が反映されている対話の媒体として教科書を再解釈し、その効果を証明した。このように教科書は、特に緊張関係にある国々において他者の視点を伝える「真正の対話」の媒体としての可能性を示したのではなかろうか。

p.60.

小野創太(2021)「「困難な歴史(Difficult History)」を どのように探究すべきか ―「批判的社会文化的アプローチ」による歴史授業デザインの変革―」『社会科研究』95, 25-36.

Perotta(2016)での生徒の反応を見ると、マジョリティである白人とマイノリティである黒人の生徒には差があったことがわかる。特にマジョリティの生徒に対しては自身の件緑政を意識させる必要があるが、自らの見解が覆されることへの抵抗も予想される。「困難な歴史」が「困難」となる所以は、特にこうした見解が対立することで生じる感情的な次元にある。この感情的な次元を実践の前提としたうえで、感情的なファシリテーションを行うことが求められる。(pp.33-34.)

これまで歴史教育者協議会の実践者など(平井, 2017; 安井, 2008)が生徒の感情と「困難な歴史」となり得る歴史的事象(慰安婦問題や太平洋戦争など)の分析をつなげる試みを行っていたが、その論理が実践者の経験則によるものに留まり、学術的な研究の俎上に載せられて来なかった。本稿はそれを検討する地平を開くものとして意義がある。(p.34.)

星瑞希, 小野創太, 松村一太朗, 渡邉和彦(2020)「現代社会における歴史論争問題に取り組むための授業構成-セイシャスらの「歴史的思考プロジェクト」に着目して-」『社会系教科教育学研究』32, 91-100.

HTPでは、セイシャスら歴史教育研究者を中心に授業開発の指針を示し、それを踏まえて現場の歴史教師が自らの(生徒が)置かれた文脈に沿って具体的な単元プランや評価プランを作成している。セイシャスらが具体的な単元プランを作成していない背景には、同じ歴史事象であっても地域や学校の文脈によって歴史に付与される意味が異なるためであると考えられる。また、セイシャスらが現場教師の自主性や主体性を重視していることもその要因である。(p.92.)

生徒が主権者として歴史論争問題に対峙するためには,歴史的思考を用いて過去の文脈を丁寧に探究しながら,過去(の歴史事象)が現代の歴史論争問題に与える影響を考察し,現在にまで影響を与える歴史事象に対して私たちはいかなる責任を果たすべきかを考えていく必要がある.(p.92.)

歴史意識を前提に歴史的指向を概念化するHTPでは、歴史的思考を構成する6つの概念が設定されている(表1)。6つの概念とは、①「一次資料の証拠」(史資料を見つけ、選択肢、文脈化して解釈する方法を身に着ける)、②「原因と結果」(歴史的状況やある人物の行為の原因と結果を考える)、③「歴史上の他者の理解」(社会的、文化的、知的、そして当時の人びとの感情的な文脈の中で、異質な過去を理解する)、④「継続と変化」(過去から今にかけて何が変化し、何が継続しているのかを考える)、⑤「歴史的意義」(歴史的事象の今日的な意義を考える)、⑥「倫理的側面」(過去を現在における倫理に照らし合わせてどのように判断するかを考える)である、①~③は資料読解を通して過去の文脈を明らかにするための概念(以下では、「過去概念探究」)となっている。一方、⑤~⑥は大衆の歴史意識を前提にしており、現代社会において人々がいかに歴史を用いたり、歴史に向き合っているかを探究する概念(以下、「現代概念探究」)となっている。また④「継続と変化」は過去と現代を比較することで過去の探究と現在の探究をつなげる役割を果たしている。・・・(中略:斉藤)・・・HTPで開発された単には「過去探究概念」のみを用いて過去の文脈を明らかにすることのみを狙った単元もあるが、開発された単元の大半は、「現代探究概念」と「過去探究概念」を組み合わせて、現代社会における歴史論争問題に生徒が取り組むことを意識した授業構成となっている。(p.94.)

池野範男「グローバル時代のシティズンシップ教育――問題点と可能性:民主主義と公共の論理」『教育学研究』21(2), pp.138-149.

第一は、概念(名称)の問題。なぜ’シティズンシップ’教育か。市民的資質教育とか、市民課、あるいは市民性教育、市民性形成とか言わず、なぜシティズンシップ教育という概念を使うのか。シティズンシップという用語を使う独自性は何か、を解明することが必要である。(pp.143-144.)

中村 恵佑(2021)「大学入試の共通試験におけるアラカルト方式導入の要因に関する再検討:国立大学協会による共通第一次学力試験の改革過程に着目して」『教育学研究』88(2),295-305.

磯田三津子(2016)「社会的公正をめざす音楽授業と教師の役割ー米国の音楽教育における子どもの民族的多様性をめぐる論考を通してー」『教育方法学研究』41, 25-35.

米国の音楽教育において、社会的公正は、貧困層の民族的マイノリティの子どもたちをめぐる課題において取り上げられる考え方である。(p.26.)

音楽授業では、一般的にその歌のもつ社会的な意味や、歌詞や表現の中にある民族的マイノリティへの偏見や差別といった観点から音楽を解釈しない。ショーは、そのことを教師があげて避けているから、あるいは歌の文化的背景についての教師の理解が足りていないからであると指摘する。社会的公正を音楽教育の中で扱うのであれば、歌の中にある政治社会的な意味について子供たちの理解を促すことができる。(p.31.)

中西修一郎(2017)「戦後初期における北条小学校のカリキュラム開発に関する一考察:単元学習の展開に着目して」『京都大学大学院教育学研究科研究紀要』63, 257-269.

木村博一(2010)「20世紀後半における社会科教育史研究の展開:『社会科教育史の体系化と新たな研究方法論を探る』ための基礎的考察」『社会科教育論叢』47, 3-12.

吉川幸男(1992)「読書と社会科教材研究:歴史書を読むことと歴史授業構成との間」『社会科研究』40, 43-52.

社会科教育の研究には今なおエア・ポケットになっている研究領域が少なくない。授業構成に至るまでの「教材研究の過程」もその一つであろう。「授業研究」は一般に「行われた授業の事実」を研究対象とするものであり、教師が日々行う「教材研究途上の事実」を対象にすることはまれである。第一、そのような過程は報告されず、公開されないのが普通なので、研究対象たる事実の収集自体が容易ではない。それでも、社会科全般にわたる教材「構成」過程の方は、「教材づくり」という文脈で一般的に論及されることがたまにあるが、救われないのは教材「構成」以前の「読書」の段階である。(p.43.)

教育実習生の教材研究のほとんどが「伝達者」型であり、かなり工夫した授業を志す教師ほど「歴史家」型、「読者」型の教材研究を行う傾向がある。これは読書経験の差から当然ともいえる。「歴史家」型や「読者」型が「伝達者」型と決定的に異なるのは、著者としての歴史家の存在が明確に意識され、「著者の記述」として読む点にある。「伝達者」型の教材研究の場合、著者は関係ないのであって、とにかく歴史事象に関する知識を獲得することに全力が注がれる。本章論で探求すべき読書論は、この最も初歩的な読書である「伝達者」型の教材研究をする教師を対象とした、「歴史家」型や「読者」型に発展できるような本の読み方である。(p.44.)

香川七海(2020)「戦後教育史における「教育の現代化」から総合学習・オルタナティブ教育への連続性:奥地圭子と鳥山敏子の授業実践を起点として」『教育社会学研究』107, 49-68.

猪俣大輝(2023)「アメリカ課外活動成立過程に関する一考察:生徒の自治活動を学校内化するロジック」『教育学研究』90(2), 248-261.

以上のような1910年代以降のSR誌における教科外活動への関心の展開は、概して言えば、教科外活動の多様化の流れという中で、教師による教科外活動の「管理」と「指導」の方法を洗練させるものであったと捉えられる。(p.8.)

10年代以降、中等教育改革や第一次世界大戦を契機に発展した議論の中では、「課外活動」なる語を用いて教科外活動全体を体系的に捉え、その内容や指導方法を検討する理論が確立した。さらに、「自治」を「学校統制への生徒参加」と言い換えることで、活動に関与する教師の役割が明確化され、特に生徒活動の範囲は教師の教育的・計画的な統制下に位置づけられることとなった。(p.11.)

久島裕介(2023)「1950年代前半における土田茂範の教育研究の展開:山形県児童文化研究会からの影響に着目して」『教育学研究』90(2), 298-310.

当初の土田は子どもの背後の「生活」を知ることを重視していたのに対し、この時期の土田は、具体的な子どもの問題に着目する中で、子どもの発言や行動を「おもしろい」と認識し、その子の固有の性格や論理を見出すようになっていたのである。(p.56.)

1950年代前半の県児文研は、子どもの事実などから見出された教育実践に根差した知見と、社会科学や民間教育運動の方針などの全国的な研究動向に即した知見という二つの焦点を有する教育研究の場であった。このような教育研究を通じて土田は、子どもの事実に内包された豊かな意味を読み取るまなざしや、教育実践の事実を全国的な研究動向と結びつける視座を獲得していたのである。(p.61.)

他方で、県児文研では戦前から児童文化研究に関わっていた須藤が発言力を有し、土田がその影響を受けていたことにも注目したい。当時、大田堯などの研究者は教師のサークルの「横の仲間関係」に期待していたが、実際のサークルには須藤のような主導的な人物が存在しており、必ずしも水平的な人間関係ばかりではなかっことも示唆された。(p.61.)

岩花春美(2011)「木下竹次の『学習法』の構造:J・デューイの探究の理論との比較を通して」『教育方法学研究』36, 109-119.

前述してきた木下の教育論は、型の修業を重要視する修養的な部面もあると考えられる。このような状況下で、デューイの民主主義的な思想が根付くのは困難であったものの、日本の教育文化的な規定に日本の進歩主義の影響下で日本古来からの伝統とともにあった日本の良き「自律」という芽が育まれてきたことの意味は大きいといえる。(p.114.)

このように、木下の「学習法」の構造は、デューイをはじめとする進歩主義教育の影響の中においてはじめて、「自律」と「協同」へと変容している。生活の局面を重視した合科学習が、デューイの思想的な影響によって学習の性質が細分化するとともにその要因同士の相互作用が産み出され、日本的なものと西欧的なものがより一層、調和することで、学習の局面を保持した「しごと」「けいこ」「なかよし」へと継承されてきたのである。それは、木下自身が個人内において探究の過程を経験し実践の理論として「伸びて行く」という学習方法の構想を経て、独自学習ー相互学習ー独自学習へと継承され続けてきたものなのである。(p.115.)

長田健一(2017)「社会正義志向の社会科教育に関する研究の展開と方法-アメリカにおける実証研究の事例に焦点を当てて―」『社会科教育論叢』50, 101-110.

上記論文の抜粋
これらのことから、近年は研究上の関心の軸が、カリキュラムの理論や内容の構築よりも、「どうすれば社会正義志向の社会科を実践し得る教員を養成できるか」を究明することに移ってきていると指摘できよう。

p.105.

研究結果から得られる示唆としては、社会科の学習内容に関する知識・理解の重要性が挙げられる。強い正義志向を持つ学生たちが、公民権運動など、人々が当時の法や慣習に抵抗して不正義と闘ったアメリカの歴史上の事実を挙げて自身の考えを説明していたのに対し、逆に正義への志向が弱い(あるいは反発的である)学生たちは、そうした事象に対する知識・理解が少ない傾向が認められた。このことは、個人の”良き市民”観が、単なる固定的な政治的・思想的信条というわけではなく、過去及び現在の人間社会に対する理解や洞察の深さによって左右される可能性を示している。よって、教員養成においては、教科内容に関して学生にどのような知識・理解を身につけさせるかが、社会正義志向の社会科教育を推進していく上でも重要となってくる。

p.108.

青木香代子(2019)「アメリカにおける社会正義のための教育の可能性ー多文化教育の批判的検討を通してー」『茨城大学全学教育機構論集グローバル教育研究』2, 103-115.

上記論文の抜粋
ニエト(2009)は、「多様性の肯定」とは、単に差異をほめたたえるだけではなく、不公正な政策や実践に異議を申し立てることであるとしている。しかし多文化教育をめぐる議論において、必ずしも不平等や不正義、差別に立ち向かう実践、すなわち社会正義のための教育に関する議論が十分になされてきたわけではない。

p.108.

多文化教育は、様々な文化を学ぶだけでなく、社会的に構築されてきた抑圧や差別に対抗するために行動することがめざされる教育でもある。しかし、実際には、多様性や差異の理解に焦点が当てられ、不平等や抑圧、またそれが生み出される構造は見過ごされがちであることが指摘されてきた。ニエトが指摘したように、多様性を認めることは、単に差異をほめたたえるだけではなく、不公正な政策や実践に異議を申し立て、抑圧に立ち向かうことでもある。社会正義のための教育では、抑圧の理解や抑圧が起こるレベルの交差性も重視し、抑圧を認識することにまず焦点をあてるため、Banksらの多文化教育の理論をもとにした実践でも難しいとされてきたことが克服できる可能性があると考えられる。

p.114.

佐藤仁(2020)「アメリカにおける『社会正義を志向する教師教育』に関する一考察-アクレディテーションの果たす機能-」『名古屋高等教育研究』20, 195-212.

上記論文の抜粋
コクラン=スミスの議論ならびにこれらの実践の特徴を踏まえるならば、社会正義に向けた教員養成は、一律の指標で教員養成の標準化を求める環境では機能しない可能性が高い。なぜならば、教員養成に係る既存の知識体系を教授するのみでは不十分であり、学校や地域といった文脈に応じた自律的な取り組みを展開擦る点に、社会正義に向けた教師教育の特徴があるからである。そうなると、自律的で多様な教員養成の取り組みを尊重する環境が求められることになる。

p.203.

こうした状況は、CAPEのアクレディテーションが教員養成機関の取り組みを尊重させる集団的自己規制というよりは、一定程度の質を遵守(compliance)させる仕組みへと変容したと理解できる。その背景には、特に2000年代に入ってから、教員の質、ひいては教員養成の質に対するアカウンタビリティを求める声が高まっていることがある。(例えば、Levine 2006)。そうした中では、教員養成機関の質を厳格な基準で確保し、それを外に対して示す必要があったわけである。

p.209.

磯田三津子(2021)「アメリカ合衆国の『文化に関連した指導』における社会正義の考え方-ヒップホップの教材としての意義に着目して―」『音楽教育学』, 50(2), 13-23.

彼女は、「文化に関連した指導」について「学力の問題だけではなく、学校が永続させている不平等に挑む批判的なものの見方を育成しながら彼らの文化的アイデンティティを受け入れ、肯定できるように手助けする」ことであると述べている(Ladson-Billings, 1995, p.469.)。このように、「文化に関連した指導」の目的には、学力を高めるだけではなく、社会問題を批判的に捉え、それを改善できる能力を身に着け、子どもたちが積極的に社会参加できる肯定的なアイデンティティを形成するという考え方が含まれている。(p.16.)

「文化に関連した指導」の観点から考えると、ヒップホップは、うたう、演奏する、創作することを通して音楽の能力を高めることができる。それに加え、アフリカ系の音楽に一貫する彼らの抑圧された日常、解放や自由、平等への願いといった社会正義に関わるテーマに基づいてラップの歌詞を考え、表現することができる。こうした学習は、社会正義に向けた取り組みとして、思考力や批判的な思考を養うことができる点において意味がある。(p.21.)

森茂岳雄・青木香代子(2023)「社会正義のための教師教育のスタンダード開発の視点と課題-アメリカの事例に学んで―」『茨城大学全学教育機構論集グローバル教育研究』, 6, 67-78.

CIPのアプローチは、スリーターが示した「民主的関与を促進する教員養成」(Sleeter, 2009)であることということができる。また、教師自身が社会的不正義について認識し、抑圧について分析すること、またそれを自分の実践に統合するだけでなく、教室外にも抑圧に対して行動していくことができる教師を要請する点も特徴的である。(p.76.)

社会正義のための教師教育が目指す多様性は、Learning for Justiceの社会正義のためのスタンダードが示しているように、人種や民族の問題だけでなく、ジェンダー、性的指向、障がい、宗教、言語等、多岐にわたっている。日本においても、今後外国人児童生徒教育を担う教員養成だけでなく、多文化社会における多様なニーズに対応していけるような資質・能力の育成に必要な内容をカリキュラムに取り入れていく必要がある。(p.77.)

史学』, 64 , 34-47.

上記論文の抜粋
国民学校制度は、プロテスタント系団体の身に議会補助金を支給する既存の方法を廃止し、中央教育行政が公費をコカ学校に直接に配分する新しい仕組みであった。理念的には、プロテスタント・カトリック双方の聖職者や住民が共に学校を建設し、同一の理事会を構成して協同的に学校の運営にあたるという宗派協調的な制度が、国民学校制度の初期モデルとして想定されていた。

p.34.

このことは、地域社会において学校の存続と維持の条件であった「われわれの学校」という意識が、宗派間の寛容や相互協調ではなく、差別と排除の感覚によってこそ支えられていたのではないかという推測を可能にするものと言えよう。

p.43.

公共圏や市民社会という概念を公教育研究に導入する利点は、学校や公教育を、ひとびとの非国家的・非経済的な繋がりが生成する場として発見することにあるのではない。その利点は、身分や宗派に関わるあからさまな差別や排除を撤廃されてもなお、公教育制度において私有財産権と宗派主義にもとづいた差別や排除を貫徹させると同時に、そうした差別や排除を覆い隠す機制として市民社会や自由主義を理解することができる、ということにある。

p.44.

佐々木俊介(1987)「新・旧 Howe We Thingの比較考察ー質的思考理論から見た―」『日本デューイ学会紀要』28, 15-20.

近藤茂明(2018)「エリオット・アイズナーの『質的探究』論の再検討-教師の資質能力という視点に着目して―」『愛知学泉大学・短期大学紀要』53, 1-10.

上記論文の抜粋
両者の関係については、「鑑識眼」が近くする出来事や対象物を私的(private)に鑑賞する(appreciate)技術であるのに対して、「批評」は経験の質を公的(public)に開示する(disclose)技術である。もしこのことを「質」というコインに準えるならば、「鑑識眼」は質の重要性を解釈し価値を評価するコインの表であり、「批評」はわれわれの意識内容に公の形式を与える不思議で神秘的な技としてのコインの裏ということになる。

p.3.

その上で彼は、「人は批評なしでも鑑識家であることはできるが、鑑識眼の技術なしで批評家であることはできない」という「鑑識眼」の優位性、換言するならば、「批評(家)」の難しさを示す。それは「鑑識眼」と「批評」の間には「言語を使って、それ自ら推論的ではない質や意味を公にするために、ある種のパラドックスが存在する」と考えるからである。この言葉により、「質」を個人的な世界から公的な世界に置き換える際に見られる、言語を介して行う「批評」の難しさを読み取ることができるであろう。

p.3.

アイズナーが強調したことは、質的探究を担う質的探究者の「個性」ということになるであろう。換言するならば、豊かな感受性や良き判断への信頼ということである。

p.5.

梶田萌(2023)「測定の時代における『個性』概念の再考ージョン・デューイの1920年代から1930年代の思考変遷を手がかりに―」『教育学研究』90(1), 1-12.

上記論文の抜粋
デューイは、知能テストという測定の技術を、教育の規範を提供するものとしてではなく、新たな条件を視野に入れ、解釈可能性を押し広げることに資するものとして評価していたのである。

p.5.

確率統計から知られうる定式や類型には、現れないものは原理的に含まれえない。他方で、個性が「なんであれ予測されえないものの源」であるならば、諸個人は測定の技術によって与えられた類型化には回収されえない根本的な未規定性を有するものとして理解できる。

p.9.

橋本美保(2005)「及川平治『分団式動的教育法』の系譜ー近代日本におけるアメリカ・ヘルバルト主義の受容ー」『教育学研究』72(2).

冨士原紀絵(1998)「1930年代における及川平治のカリキュラム改造論の研究」『日本教育史研究』17.

小国喜弘(2014)「『教育実践』の歴史性ー戦後教育の転換に焦点をあててー」『東京大学大学院教育学研究科基礎教育学研究室 研究室紀要』40, 146.

吉田成章(2017)「戦後教育学研究における東ドイツ教育学の受容と展開」『教育学研究ジャーナル』20, 71-77.

對馬達雄(2005)「反ナチス抵抗運動とドイツ戦後教育史ー占領期研究のための論点整理ー」『秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学』60, 51-64.

宮本勇一(2021)「教授学研究における歴史的アプローチのための方法論的検討」『広島大学大学院人間社会科学研究紀要 教育学研究』2, 185-194.

青木香代子・森茂岳雄(2022)「アメリカの小学校における日系人学習を通した社会正義のための教育実践-ソーシャル・アクションを目指す教師の語り」『茨城大学全学教育機構論集グローバル教育研究』5, 17-32.

玄由美子(2000)「多文化社会アメリカにおけるエスニック・スタディーズの行方:カリフォルニア州バークレー校から」『大阪大学言語文化学』9, 267-277.

土屋直人(2018)「生活綴方と戦後社会科・再考」『岩手大学教育学部研究年報』77, 99-119.

玉井慎也(2019)「自律的動機づけを高める社会科学習評価の構成原理ー外発的動機付けと内発的動機付けの二元論を超えてー」『教育学研究紀要』65, 570-575.

上記論文の抜粋
社会科教師は、学習者の視点に立ち、学習者自身の選択や自発性を促そうとする指導上の態度や信念を持つ自律的支援者として、価値の内面化を促すファシリテーターとしての役割がある。また、子どもが個人的レリバンスの観点からだけでなく、子どもが価値を見出しにくい社会的レリバンスの観点からの問題を積極的に教室に持ち込む、社会と教室を橋渡しする「コーディネーター」としての役割がある。

p.574.

社会科で涵養が目指される「主体的に学習に取り組む態度」とは、「自律的動機づけ」概念から意味づけ直せば、社会的レリバンスを教師・他者と共有する中で、自らの学びを自律的に動機づけ、社会科学習の意味や意義を粘り強く探究し、認識・受容していこうとする、いわば「自律的に学習に取り組む態度」である。

p.574.

佐長健司(2004)「政治的市民の育成を目的とする社会科の授業構成:中等後期単元『論争問題としての憲法』の場合」『佐賀大学教育学部紀要』9(1), 267-297.

永田成文(2011)「ESDの視点を導入した小学校社会科における公害学習の単元開発ー社会的論争問題としての四日市公害を事例として―」『三重大学教育学部研究紀要』62, 177-188.

川口広美・奥村尚・玉井慎也(2020)「『論争問題学習』はどのように論じられてきたかー社会科教育学の関連論文の検討を基にしてー」『教育学研究』(広島大学大学院人間社会学研究科紀要), 1, 40-49.

上記論文の抜粋
長田(2014)に見られるように、論争問題への当事者性を当初は抱かせつつも、それはあくまでも導入に過ぎず、中核となる探究活動はその後の対立する見解の解明に中心が置かれていた。ここには、個人の価値や信念にはタッチするべきではない、私的領域には関連しないという戦後社会科の理念や、道徳との関連性などの教科アイデンティティも強く反映していたと推察される。

p.47.

二点目の限界は、子どもが論争問題の当事者になりきれていないことである。ここで注意したいことは、「論争の当事者」という言葉にも複数意味があり、その違いによって探究活動も異なってくるということである。・・・(中略:斉藤)・・・ヘス(2009)から見れば、国内の先行研究ではヘスの目指す「真正な論争問題学習」として十分なものとは言い難い。

pp.47-48.

植松千喜(2023)「ペタゴジーにおける『生徒の声』を聴くことの困難-グレゴリー・ミッチーの多文化教育の実践記録及び研究を手がかりに―」『教育学研究』90 (1), 13-24.

上記論文の抜粋
他者の「声」を聴こうとしていても、結果としてその「声」を簒奪してしまう実践になることがしばしばある。その際に、ペタゴジーにおいて「生徒の声」を聴けている/いない教師個人やその行為を称揚/批判するのではなく、むしろ結果として「生徒の声」を表出した状況や、反対に「生徒の声」が聴けていない実践の文脈にある困難に着目する必要があると考える。そしてその困難には、ペタゴジーという形で教育実践をする際に、避けて通ることの難しい困難が含まれているのではないか。

p.14.

広田照幸・冨士原雅弘・香川七海(2018)「『教師の倫理綱領』の再検討ー作成過程を中心としてー」『日本の教育史学』 61, 6-18.

上記論文の抜粋
「倫理綱領」は正式な手続きを経て作成・決定した文書であった。それに対して「解説」は、中央執行委員会の目の届かないところで情宣部が作成した、単なるパンフレットに過ぎなかったのである。

p.15.

つまり、日教組を攻撃したい側の人たちによって、「解説」は、日教組の運動方針を詳細に解説している文書であり、組合員はそれで教育されてきた、という風に説明されることが多かったけれども、それはまったくのすじちがいであったといえる。

p.15.

中川千文(2019)「家庭科における「若者の社会保障」を考える : 生活保護とアルバイトの労働権を中心に」『日本家庭科教育学会誌』61 (4), 236-241.

上記論文の抜粋
生徒には身近でない「社会保障」を生徒の生活に引き寄せたいと、「自分の夢の実現にいくらかかるか」を全体の導入として社会保障の意義についても考えさせ、次に直接若者に関わる社会保障として「生活保護」と「アルバイト」を選び、再展開をおこなった。社会保障は憲法25条の「生存権」を基本理念とする政策である。抽象的になりがちな「人権」に関わる授業であるが、生徒の関心の高いアルバイトを軸に組み立てたことで理解しやすかったようである。

p.241.

今回の授業のほかに、これらを打破するいくつかの施策が考えられる。例えば生活保護世帯の子どもたちは「教育を受ける権利」が守られていない。教育の不平等さを是正するためには、人生のいつでも教育の受け直しができる教育制度や給付型奨学金の実現が必要になろう。また若者の貧困の一因となっているのは一人暮らしの家賃の高さである。日本では公営住宅に独身の若者は入居できないしくみになっている。若者に公営住宅を解放することも社会保障の1つとして家庭科の「住生活」で扱いたいテーマである。

p.241.

三浦啓(2019)「近代初期イギリスにおける教導者(ガヴァナー)の展開ージョン・デュリー『改革学校』を手がかりにー」『日本の教育史学』62 , 73-85.

上記論文の抜粋
一人のガヴァナーの目が届く範囲は限界があり、そのままでは多数の子ども一人ひとりの性向を把握し、指導する学校教師にはなりえない。そこでデュリーはガヴァナーを補助するシステムを付け加え、教室の構造を工夫した。・・・(中略:斉藤)・・・デュリーはこのような制度的及び建築的構造を用いることによって、本来ごく少数の子どもしか教育しえない家庭教師としてのガヴァナーを、多数の子どもを擁する学校へ位置づけることを可能とした。

p.82.

学校における子どもの全生活の指導こそが「教育(education)」であるとデュリーはみなしていたのであり、その「教育」を学校で担う必要があるとみなしていた。そして、家庭が担ってきた教育の機能を学校教育へ付与するべく、ガヴァナーを学校教師の位置に据えた。これは近代的教育における子どもの導き手としての学校教師の原型が過程教育におけるガヴァナーであることを示唆し、そのことが17世紀半葉において既に構想されていたことを示している。

p.82.

別木萌果(2023)「マイノリティの授業化における高等学校教師の意識に関する研究―公民科担当教師に対するインタビュー調査に基づいて―」『社会科教育研究』148, 38-49.

上記論文の抜粋
マイノリティが関わる問題については,マイノリティが関わる問題という現実の社会問題に,一人の市民としてどのように向きあっているかということが教育実践に影響を与えているのである。

p.48.

この結果を踏まえると,マイノリティに向き合う社会科教員を養成する上では,大学内における講義や模擬授業だけでなく,実際に地域で社会問題に取り組んだり,当事者と話す活動を行ったりすることでマイノリティが関わる問題を含む社会問題に向き合う経験が必要と言えるのではないだろうか。

p.48.

山口満(2000)「『フレッツェルのテーゼ』の今日的意義」『教育学研究集録』24, 7-14.

↑上記論文の抜粋
要するに、1のテーゼは良き市民性の育成を図るという観点から、学校生活全体を教育的に組織することが必要であるということ、2のテーゼは教科課程と教科外家庭との有機的な関連を図ることが必要であることを述べたものである。そして、1のテーゼが前提になって2のテーゼが導き出されている。

p.7.

カバリーが言うように、フレッツェルが1931年という時点で2つのテーゼを提示したことの背景とねらいは、ホームルーム、スチュデント・カウンシル、アセンブリー、クラブ、アスレチックなど、1920年代から30年代の前半にかけての時期に、アメリカのハイスクールに急速な発達、普及をみた各種の教科外活動がもつ教育的な意義を明確にし、学校の教育課程全体の中に正しく位置づけるということであった。

pp.7-8.

満麻美子(2012)「ジャック・ランシエール『無知な教師』と分有/平等の哲学」『立教女学院短期大学紀要』44, 1-15.

↑上記論文の抜粋
説明するものは、あらゆるものの上に「無知のヴェール」を投げかけたうえでヴェールを取り去ることを自らの任務として、教育の絶対的な始まりを宣言する。これが<無能化の原理>である。無能な生徒がいるから教えるのではない。教えるためにはまず生徒を無能にすることが必要なのだ。

p.6.

無知な人の可能性・能力を阻止するものは彼や彼女の無知ではなく、不平等への同意である。無知な人は知性とももともと平等ではないものだという考えを持っている。

p.8.

冒頭で触れた、反原発を求める人びとの声が音として聞かれた事態は、これらの人びとを政治的主体として「数を入れていない」ことがはからずも露呈した場面であったと言えるかもしれない。そうであればそれに対抗する手段は、自分たちを排除する「計算」を混乱させること、定められた配分や居場所に抵抗すること、つまり感性的なものの分有が引く分割線を問題視することだと言える。それは、私たちも話す存在であることを表明すると同時に、私的世界や家庭もまた一つの公共世界であることを証明することでもある。

p.14.

見島泰司、小原友行、池野範男、棚橋健治、草原和博他(2016)「教育実習のための効果的な指導方法に関する研究(1)−実習生の指導案作成におけるつまづきの分析−」『広島大学学部・附属学校共同研究機構研究紀要』44,297-306.

樋口雅夫(2004)「問題を探求し続ける公民科『政治・経済』の授業構成:単元『地域統合』を事例として」『社会科研究』61, 51-60.

↑上記論文の抜粋
高等学校「政治・経済」の授業では、その取り扱う事例の歴史的評価が定まっておらず、制度・機構・条文等の記述的知識の獲得に終始することが多い。また、公的論叢問題を取りあげる時も、対立する主張を止揚できる理論的枠組みでの説明が可能な場合はまれである。そのため、表層レベルでの問題探求のみで授業が終了し、結果的に、生徒の中には「政治・経済」の授業を受ければ受けるほど、「複雑で分かりにくい現代社会」というイメージが増幅されてしまう。

p.51.

変化の激しい現代社会の中で、EU(ヨーロッパ連合)をはじめとするさまざまな地域統合が成立している。従来、EUに関しては国際経済の視点から授業がなされれうことが多かったが、国際政治との関係も見過ごすことができない。しかしながら、教科書記述の都合上、政治的分野と経済的分野を別個に学習するという方法がとられ、政治と経済の関係が浅薄なものとなりがちであった。その結果、EU、NAFTA(北米自由貿易協定)、MERCOSUR(南米南部共同市場)、APEC(アジア太平洋経済協力会議)、ASEAN(東南アジア諸国連合)などの地域統合は同様の性質のものとして扱われ、いずれも自由貿易推進のための国際機構という大枠で結論付けられてしまう。しかし現実には、それぞれの地域統合にはその成り立ち、目的の違いがあり、経済的側面だけでは説明できない問題も多くある。

p.53.

この点を踏まえ、単元「地域統合」では、事象の政治的側面も勘定しつつ、学問的裏付けのある理論に基づいた分析枠組みを提示し、それに基づいて探求していく授業展開をとることとした。生徒は、次々と発生する新たな現実状況に対応する理論的枠組みに基づき探究学習を行い続ける中で、社会の構造を動的に捉えることが可能になるのである。

p.53.

大島 泰文(2020)「社会科における「主体的に学習に取り組む態度」の評価方法の開発 ー「振り返り場面」で生徒が立てた「問い」に着目してー」『社会科教育研究』139,1-12.

木村優・一柳智紀(2023)「解放と変⾰の⼒としてのエージェンシーを再考する」『教師教育研究』15, 411-418.

↑上記論文の抜粋
すなわち、「声」を出し、「声」を聴くことで、私たちは初めて人間のエージェンシーを捉えることが可能になり、そして、解放と変革を起こすエージェンシー:Liberative &Transformative Agencyの萌芽を認識することになる。

p.414.

これまでの議論を踏まえると、学習者のエージェンシーへの接近方法については、ジルーが示した学習者の「声」、すなわち子どもたちの「声」への着目が有効だろうし、また子どもたちの「声」がより表出され、より聴こえ、より交響していく対話の場、すなわち問題解決学習が行われる探究的な文脈がもっともエージェンシーを捉えやすいと考えられる。

p.415.

「エージェンシーに向けた物語」としての子どもたちの「声」に耳を澄まし、「声」を聴き取る実践研究が求められる。具体的には、対話が保障された授業の中で、子どもたちの学ぶ姿から「声」の発現に耳を澄ます、また、「声」が聴こえなくても、「声なき声」に想いを寄せてそれを解釈する、あるいは、子どもたちの「声」を引き出す対話を活性化する。こうした探究的活動が「声」を織りなす学習者の「エージェンシーに向けた物語り」を紡いでくれる。さらに、教師と子どもの学習パートナーシップを見直し、両者が対等な関係で学校や授業の困り感や課題を、対話と通じて「声」として発言しあう、また学習という意図的行為に対する子どもたちの省察を「物語り」として発現していく。

p.416.

木村優・藤井佑介・三河内彰子(2023)「高校における探究型カリキュラムの実践による教師・学校の成長発展メカニズム」『カリキュラム研究』32, 29-42.

大杉昭英(2011)「社会科における価値学習の可能性」『社会科研究』75, 1-10.

↑上記論文の抜粋
第一に、批判・調整と合意形成の手続きを踏めば、必ず公共的価値を創出できるのかという点である。

p.1.

このような観点から、無自覚に社会化されてきた自己を反省的に捉え直し、他者の存在と全体のあり方に配慮する「公共的理性」をもって、あらためて社会のあり方を考察する授業を構成するべきだと考える。そのためには、次の2つの視点が必要となる。①我々にとって自明な社会制度を相対化するために、他の倫理的価値に基づく異なる制度と比較対照させ、それまで無自覚であった倫理的価値を明らかにし批判的に吟味させること。②自分はさておき、皆にとってどのようなものが適切か、という視点から考察させること。これによって、善き制度、正しい制度の有り様が、制度を基礎付けている倫理的価値によって変わることを学び、その上で、生徒自身のこととしてではなく、皆にとってという「公共的価値」をもって制度や倫理的価値について考察させることができる。

p.4.

今日、我々は先哲が構築してきた功利主義、社会契約主義、自由至上主義、共同体主義という倫理的価値を含み持つ四つの代表的の思想を手にしている。社会科で「価値」を扱う内容を編成するときの基本枠組みとしてこの4つの思想が有効性を持つと考える。

p.9.

新井かおり(2014)「戦後のナラティブ・ターンから眺めるアイヌの諸運動と和人によるアイヌ研究の相克」『応用社会学研究』56, 225-240.

大矢一人(2006)「新制中学校の設立と軍政部-岡山県を事例として- 」『地方教育史研究』27, 65-78.

佐々木基裕(2015)「日本の教育哲学界におけるポストモダニズム受容ー『教育哲学研究』を事例にー」『教育・社会・文化』15, 1-18.

山田恵吾(2020)「1950年代埼玉県における教育研究サークルの生成と展開(1)ー川口教師の会を中心にー」『埼玉大学紀要 教育学部』69(1), 167-192.

山田恵吾(2020)「1950 年代埼玉県における地域教育研究サークルの生成と展開(2)ー埼玉教育研究サークル連絡協議会を中心にー」『埼玉大学紀要 教育学部』69(2), 289-309.

藤井利紀(2019)「キール教育アカデミーにおける学外実習改革に関する研究―教育アカデミーの理念の具体化を求めたカリキュラム改革の視点から―」『日本の教育史学』62, 100-113.

↑上記論文の抜粋
1930年代になると、そうした不十分さを乗りけるために、「助手奉仕」が新設され、教員養成所にはない取り組み取り組みとして学生が教職に向いているかどうか内省させる機会が与えられた。さらに、「助手奉仕」は、同じく導入された「完全実習」とともに、授業にとどまらず、学校生活全体を経験できる実習であり、プロ―マーによって教員養成所の学外実習を乗り越えるものとして捉えられた。

p.109.

一方で、総合大学との違いをより明確にしたのは、「実践的実習」と「教授学演習」の導入であった。これらの実習と演習によって理論と実践に基づく教授学の深い学習が可能となった。キール教育アカデミーは、1920年代からすでに示されていたように研究を重視しながら、その研究対象を総合大学で重視されていた専門領域ではなく、教授学にシフトしていくことによって、教育アカデミーとしての独自性を示していたのであった。

p.109.

本多みどり(2019)「イギリスにおける「教育学教授」誕生の背景―「教育の科学」という言説に着目して―」『日本の教育史学』62, 86-99.

↑上記論文の抜粋
he Educational Timesの見出しを分析した結果、1850年代、および1860年代には変化の兆しは見られなかった。ところが、1871年に、突如と言ってよいほどの、急激な変化が現れた。ペインとレイク二人がCOPに要請を行ったことに端を発し、COPによる修正の後、心理学、倫理学、生理学、論理学、教育方法、教育史などから構成される教師のための新試験が誕生した。つまり、この1871ねんの時点から「教育の科学」は、かつて考えられていたような、主に哲学的成果を内実とする、ぼんやりとしたひとつの範疇から、重層化された構築物へと変化し、COP内部で一定の認知を受けたと言えよう。

pp.95-96.

ペインは、レイクの強い反発を受けながらも、「教育の科学」を内包しっつう、しかも科学に回収しきれないもの(ペインの愛した言葉で言えばアーツ)をも含む、きたるべき「教育学」を遠望し構築しようとする態度を、終生示し続けた。瞬時もとどまることのない目前の実践への対応を迫られる「教育学」が、実証と普遍性を追求する「教育の科学」とは同一ではないことを認識し、Professor of Educationを「教育学教授」と捉えるならば、やはり初代教授はレイクよりもペインの方が適任であったと言えるであろう。

p.96.


宅島大尭(2023)「『学習者の声』に基づく地理学習の共創に向けた試み:地理教育の市民性教育化を視点に」『社会科研究』98, 13-24.

↑上記論文の抜粋
生徒たちがもつ地理教育観を可視化するうえで、どのような学習目標を追求することに価値があるか、その学習評価はいかにすべきかを生徒自身が語るための学習活動が必要となる。そこで、生徒自身い継続的な学習目標の設定と、放火課題の作成を求める「作問活動」を行う。これを導入、展開、終結作問として同一単元内で3回行う(表1)。

p.15.

「市民的」な目標は、教える側の意図だけでなく、生徒の「自己関係性」や「社会的意味」を伴わなければならない。しかし本研究が示すように、すべての生徒が「市民的」な地理学習に異議を見出すわけではない。そのような中では、「市民的」な目標を設定させようとすればするほど、生徒の「自己関係性」や「社会的意味」を考慮しないままに、教師が過度に学びを方向付け、「市民的」な地理教育を強制することにもつながりかねない。

p.23.

中原朋生(2017)「社会科教育研究における道徳規範の取り扱い:米国公民教育における『寛容』の位置づけを手がかりに」『社会科教育論叢』50, 49-59.

松岡靖(2011)「メディアによる表面的な理解を問い直す小学校異文化理解学習:第6学年『メディアが伝えるオーストラリア』を事例に」『社会科教育研究』114, 27-40.

相田直樹(2023)「公民科『政治・経済』における『複数の視点』からの知識統合:『独占』に着目して」『社会科研究』98, 1-12.

↑上記論文の抜粋
第一に、「複数の視点」を扱う際にはそれらすべてに理論的根拠を付随させることである。視点を安易に並立することは、生徒にこれらを理解させるのに不十分であるばかりでなく、むしろ無根拠に累加した情報に直面させ、かえって混乱を招く危険性がある。よって、視点を扱う際には必ず「なぜそのような視点が産まれるのか」を追加的に説明する必要があるだろう。具体的には、独占という経済構造に素材する二つの主体を明示した上で、それぞれの立場が独占及び独占を禁止する法制度に立強いて有する見方及び考え方の論拠を併せて提示することで、生徒が独占という構造に関する知識を二つの視点から統合することを目指す。

p.6.

本稿の提案する単元は、道徳規範を強調して現実の競争の「美しくない」部分をひた隠しにするのではなく、むしろ現実に起こる競争から生じる独占を経済的メカニズム及び経済活動の促進・抑制という両面的な見方から捉えることにより、より現実的な解決策を探究していく点で意義があるといえる。

p.9. 11.


望月ユリオ(2022)「鶴居滋一における指導観の変容 : 「環境整理」概念の理解に着目して」『日本の教育史学』65, 19-32.

↑上記論文の抜粋
従来の研究ではこうした指導観を前提としながら理論的支柱となった指導尾者の言説と取り上げる、もしくは、そもそも教師の議論を俎上に載せないまま分析を行うにとどまり、実践の主体である教師によって指導がどのように理解されていたのかについての検討は不十分であった。

p.19.

子どもによる環境整備とは、自身の欲求を充足させるために自らを取り巻く環境を改造すること(=環境創造)であった。そして、教師による環境整理とは、子どもたちの学習の過程を踏まえて彼らが環境創造に取り組もうとするその必要感を喚起するための条件の設定と、子どもたちの発展的な経験が生起する整備や場所を設けることであった。

p.28.

鶴居は実践において子どもたちを放任していたわけではなく、また、目的合理的なコントロールを目論んでいたでもなく、教師による計画や意図は必要不可欠なものとしつつも、子どもたちの学びは教師の想定を超え出ることを理解し、子どもとの相互作用の中で教師としての適切な手立てを講じていたのである。

p.29.


扇原貴志他(2022)「教師エージェンシーの想定要素の検討」『関係性の教育学』21(1), 33-52.

志村喬(2019)「イギリスにおける統合型教科「社会科」創設運動の盛衰:1970年代から1980年代を対象に」『日英教育誌』4,40-59.

志村喬(2020)「パワフル・ナレッジ論の生成と展開に関する教科教育学的覚書:地理教育から書誌学的アプローチ』『上越教育大学研究紀要』40(1), 217-225.

↑上記論文の抜粋
結論としては、専門家あるいは学問的な知識の価値を低下させるような教育社会学の傾向に対するモアとムラ―の批判を真摯に受け入れなければならないとの認識を明確に示した上で、教育の目的に立ち戻ったうえで教育社会学は知識の社会学理論について挑戦・討議しなければならず、教育政策・実践の現実や制約に教育社会学をより埋め込むことが必要であることが過去30年間の新しい教育社会学の教訓であると結ぶのである(pp.533-534.)。

p.221.

日本語版序文における「教育社会学は相対主義に陥るべきではない・・・・・。相対主義からはいかなるカリキュラムの代案も生まれ出ることはできないからである。」(p.ⅳ.)「「孤立した」専門化と「関連し合う」専門化の類型をさらに発展させ、・・・より最近の論文では、私は専門化の社会的組織、特に知識の獲得と生産における教科と学問の役割がもっと強調されるべきであると論じている(Young,2001)。」(pp.ⅷ-ⅸ.)との記述は、その後提起するパワフルナレッジと未来3型カリキュラムを示唆していたのであり、その提起・展開は記述の通りである。

p.222.


Morris, W. (2022). “The Eye of the Juvenile Court”: Report Cards, Juvenile Corrections, and a Colorado Street Kid, 1900-1920. History of Education Quarterly, 62(3), 312-336.

原圭寛(2018)「1860-70年代アメリカの研究大学における学士課程の編成:ジョンズ・ホプキンス大学及びコーネル大学におけるグループ・システムの導入とその背景」『日本の教育史学』61, 32-44.

↑上記論文の抜粋
(引用文より)与えられる知識は、我々が考えるよりもはるかに重要であると我々は信じる。ほとんどの教養ある著名人の政治経済および歴史の知識の蓄積は、彼らの専門職に向けた勉学より前に学んだものである。

p.36.

この地検は、ルドルフのカリキュラム史研究以来の図式である、「リベラル・アーツによる共通の知の重視→専門分化の促進→一般教育による共通の知の見直し」という「振り子」的な見方を刷新し得る。すなわちCU、JHUの両大学が課程の階層性という観点の下、共通知の習得・専門分化への準備段階・専門分化という3つの階層を想定し、特に第一・第二段階を学士課程・第三段階を学士課程卒業後のプログラムとして想定していた。すなわちここでは今日通知の獲得と専門分化を二項対立的には捉えておらず、階層関係として捉えていたのである。

p.40.

上垣渉・田中伸明(2010)「『GHQ/SCAP文書』に見る下級中等教育の教科課程成立過程:戦後教育改革のなかで教科課程上に位置づいていく新制中学校数学科」『三重大学教育学部研究紀要』66 教育科学, 343-357.

↑上記論文の抜粋
9月27日の「最終的”試”案」成立時には、児童・生徒の生活経験からくる関心・要求を中心に据えた教科課程、教科を編成するという基本理念が確認されていた。したがって、それぞれの科目に対して1週間あたり何時間の科目とするかという「時間数配当」を教科課程表に載せてはならないことになった。つまり、時間配当のように「教科課程編成上の事由」が児童・生徒の関心・要求に優先されることが固く禁じられていたのである。

p.346.

新制中学校の数学科は、「在米史料」の教育課程表の各所に、「一般数学」として登場する。これは、学問的数学から経験主義的な数学を区別する言葉として使われている。

p.355.

田中伸明(2007)「新制高等学校教科課程の成立過程に関する考察:文部省とGHQ/SCAPのCI&Eによる教科課程会議録を史料として」『数学教育学研究』13, 205-213.

↑上記論文の抜粋
新制高等学校の成立は、単線化された「6-3-3制」「単位制」「総合制学校」といった今まで日本には全くなかった制度への移行という「大改革」であった。そこで、日本側は、既存の中学校、高等女学校、高等学校のような、「学年生」の「カレッジ準備課程」に強いこだわりを見せた。これは中等きゅおいくが大衆化されることで、知的エリートの要請がままならなくなり、国の未来を不安視する向きが強くあったことによると筆者は考えている。CI&Eは、改革に対する日本側のレディネスの欠如を指摘し、日本側を退ける。「単位制」「総合性」といった「発学第156号」の重要な部分は、すべてCI&Eの提案によるものであり、事実上、申請高等学校の教育課程はCI&E案に従ったものと見てよいだろう。

p.211.

【論文24】松井健人(2021)「ヴァイマル共和国における「俗悪図書から青少年を保護する法律」(1926)の審議過程の再検討」『日本の教育史学』64, 61-74.

GBJSSに関するこれまでの研究は、同法の審議過程を精査するよりも、青少年福祉法以来の青少年保護の展開を「国家的介入」として解釈するポイカートの見解に代表されるように、研究者側が設定した解釈枠組みに引きつけながら解釈してきた。そのため、「読書」に関わる論点が十分に検討されず、また法審議過程の議論で生じた複雑さ、法案賛否をめぐる陣営間の議論をの奥行を捉えられていない。(p.62.)

審議過程における「青少年保護」あるいはそのリアリティとは、実態面として、「資本主義」の産物たる俗悪図書への青少年のアクセスを不可能とすることを意味していたと考えられる。GBJSS賛成派は、上に見たような教育的目的(犯罪防止・精神的向上・よき図書への誘導)を掲げ、法制定を主張したのであった。それに対して反対派は、教育的目的に反対することはないく、GBJSSが政治的検閲に転化しかねない運用の恣意性に対して法案反対を主張したのであった。(p.69.)

【論文23】中村仁志(2023)「シカゴ大学時代のデューイによる形式段階論の批判的解釈」「アメリカ教育研究」33, 47-64.

本章の議論に基づくと、シカゴ大学時代のデューイによる形式段階論の批判的解釈は、1910年初版の『思考の方法』の議論の基盤になっていたとともに、教授過程論とカリキュラム論の密接な関連を看取できるという点で、彼の教育論の形成過程において重要な意味をもっているといえる。(p.59.)

これまでのデューイによる予備と提示および一般化の解釈と併せて考察すると、問題の意識化とその問題に対する心像や観念の使用による概念化をより一層促すために、諸条件の組織化が重要になるといえる。(p.55.)

論文22】木和華子(2019)「20世紀転換期における米国南部ペン学校の教養教育から実業教育への転換ー南アフリカにおけるアフリカ人の教育モデル移植の背景としてー」『国際地域研究論集』10, 21-34.

【論文21】住岡敏弘(2015)「ジョージア州アトランタ市における黒人公教育制度形成に関する一考察一一人種聞の給与平等化闘争に焦点を当てて一一」『教育制度学研究』22, 104-119.

【論文20】成玖美(1999)「アメリカ南部再建期後の黒人実業教育」『日本社会教育学会紀要』 35, 57-66.



【論文19】成玖美(2013)「近代アメリカ成人教育史研究の課題ータスキーギ学院研究の今日的意義」『人間文化研究』(名古屋市立大学大学院人間文化研究科)19, 33-44.

アメリカ黒人教育の歴史的性格を問うとき、アメリカ史研究におけるひとつの争点となってきた「解放民教育」の評価をめぐる議論にふれておくことは、のちの議論に有効であろう。・・・(中略:斉藤)・・・これまで多くの歴史的研究者がこの歴史的事実を検証してきたが、北部団体や教師の評価には、大きな歴史観の相違が見らえる。(p.35.)

従来、「欧米の社会教育が都市を中心として起っているのに反し近代日本の社会教育が農村を中心として発達してきたということ」が、日本社会教育の歴史的特質として把握されてきた。しかし南部黒人の多くは農村で農業に従事する人々であり、その性格は多分に農村型社会教育の様相を呈していた。(p.40.)

南部黒人にとって実業教育振興はどういう意味を持ったのか。当時の黒人の社会的平等をめぐるイデオロギー対立論議という狭い枠組みではなく、比較社会教育史の視点から、「近代化と実業教育振興」という文脈においてその歴史的性格を問う姿勢が求められるであろう。(p.41.)

【論文18】井上昌義・岩崎圭祐(2023)「地域社会の課題解決の担い手育成を目指す公民教育の授業開発:外部連携の方法に着目してー」『公民教育研究』30, pp.1-16.

ここで特に留意したいのは、外部人材と子どもが議論することに対して相互に意味を見出すことができるような環境を教師が整備することである。具体的な教師の役割として、外部人材に対し、子どもの意見は外部人材の問題意識を解決する可能性があることを伝えることが考えられる。子どもに対しては、課題解決のためには多様な世代や立場の考えが関わり、自己とは異なる意見を踏まえて考えることの必要性に気づかせ、新たな他者と共に創り上げることに意味を見出す指導を行うことが考えられる。(p.5.)

一方で、子どもAのように「地域を変える」ことに着目して意味付けを行った子どもは少数だった。「課題解決の提案を通した地域社会への発信」や「フィードバックに基づく学習に対する社会的意味付け」といった学習活動に取り組んだとしても、多くの子どもは、実践者が期待した教育的効果(地域の担い手としての自覚や社会参加意識の醸成)とは異なる観点から学びを振り返っていたのである。このような結果となった要因として、フィードバックに基づく学習の社会的意味付けを子どもに委ねてしまったことが挙げられる。(p.13.)

【論文17】小林真也(2023)「高等学校公民科の社会参加学習における社会的ジレンマを把握する手立て:構造的方略に対する当事者からのフィードバックに焦点を当てて」『公民教育研究』30, 49-62.

先行研究分析の結果、高等学校公民科における社会参加学習の先行実践には、非専門家知識の投入を図ることで社会課題の解決策の妥当性を高めようとする実践がないことが課題として明らかとなった。(p.52.)

生徒たちは、「フィードバック」の活動によって、自分たちが意思決定した構造的方略についての評価を、社会的ジレンマにかかわる当事者から得ることができる。つまり、「フィードバック」を通して当事者の持つ問題認識や社会的利害に関する知識を獲得できる。(p.53.)

生徒が食品ロスを政策問題として捉え、有効性の高い構造的方略を検討することの重要性を認識するためには、食品ロスを個人の協力行動と切り離して捉えさせたうえで社会的ジレンマを把握させるべきだと考える。このように、個人の協力行動と結び付けて捉えられがちな従来の食品ロス学習を克服し、食品ロスを政策問題として捉えさせるために、事業系食品ロスに焦点化した社会参加学習である本実践には意義があると考える。(p.54.)

【論文16】張傳伯(2023)「教師は如何に社会科教材を開発するのか:複線径路等至性アプローチを用いた小学校社会科教師の教材観の分析を通して」『公民教育研究』30, 33-47.

また、その調整の様相は2つの類型に分けられる。それを「社会志向が主軸の調整」と「子ども志向が主軸の調整」と呼称する。(p.45.)

【論文15】松原悠(2012)「学習指導要領の法的拘束力に関する諸説とその共通点」『教育制度研究紀要』7, 81-94.

学習指導要領に対する「そもそも法的拘束力という考え方は教育の具体的な営みに馴染まない」という考え方は、論者の支持する説が「指導・助言説」、「大綱的基準説」、「基準説」のいずれであるか、もしくは論者が「支持する説を明示しない者」に該当するかに関わらず、これら4 つのグループに共通して複数存在していることが明らかになった。また法的拘束力がどの程度有るのか、もしくは無いのかという観点で諸説を分類する伝統的な分類法は、立場を異にする複数の論者による「そもそも法的拘束力という考え方は教育の具体的な営みに馴染まない」という主張を隠してしまっていたのである。(p.91.)

学習指導要領の法的拘束力をめぐるこのような問題は、1976 年にいわゆる旭川学テ事件の最高裁判決によって学習指導要領には法的基準性がある旨の判断が示されたことで最終的な決着がついたとされるが(鈴木, 2002, p.149/文部省, 1992, p.310)、その判決文の複雑さから、最高裁が学習指導要領の法的拘束力を認めたとも認めなかったとも解釈できることを指摘する教育学者もいる (青木, 1987, p.40/細川, 1983, p.117/室井修, 1996, p.157/吉岡, 2007, p.510)。このような論点を残しながら、同判決以降、学習指導要領の法的拘束力に関する議論は下火になっていく。(p.82.)

【論文14】木全清博(2022)「伊那小学校の総合学習実践からみた社会科と「総合的な学習」との関係」『社会科教育研究』87, 21-29.

【論文13】川崎良孝(2022)「ウェイン・A.ウィーガンド『アメリカ公立学校図書館史』(2021)の特徴と意義 : アメリカ最初の包括的な学校図書館史研究」『同志社図書館情報学』32, 75-106.


【論文12】星野真澄(2022)「アメリカの学校段階区分変革に伴う学校施設設備の資金調達の実態ーノースカロライナ州シャーロットクレメンバーグ学区を事例としてー」『教育学研究』89(3), 26-38.

学校段階区分変革に伴う教育環境整備に焦点をあてた研究は不十分であり、どのように学校関係者、地域住民、教育委員会等の合意を得ながら学校段階区分を変革して教育環境整備を行っているのか、また学校段階区分変革に伴う教育環境の財源を如何に確保しているのか、教育環境整備を伴う地方教育行政機関の審議過程や財政状況の分析はなされておらず、その内実は明らかになっていない。(p.27.)

学校施設設備の資源調達が実現するか否かは、住民投票に影響を受けるため、学区は学校現場や住民の声を尊重し、より効果的な債券プロジェクトを提案するように努めていた。この資金調達のプロセスにより、学区教育委員会と学区教育長は、一般目的政府と郡住民を説得できるよう単なる学校施設整備への投資ではなく、効果的な教育プログラムを提供するための投資になるよう検討を重ねているところに意義がある。(p.35.)

【論文11】松原悠(2012)「学習指導要領の法的拘束力に関する諸説とその共通点」『教育制度研究紀要 』7, 81-94.

【論文10】華井裕隆(2022)「高校公民科における社会的課題の構造的把握をふまえた政策立案型授業ー政策的思考の育成を目指して」『社会科研究』97, 1-12.

公民教育では、従来「問題分析」の研究・実践を積み重ねてきたにもかかわらず、政策立案型授業になると提案するという行為を重視するがあまりに、分析がおろそかになってしまう。(p.2.)

まだ社会経験の少ない高校生にとっては、多くの利害関係者を想像し、「ヨコの構造化」を行うことはそもそも難しい。この、社会の多様性やつながりに理解が深い班が、「政策のデメリットを十分考えられているか」「政策の内容は具体的か」「効果的な政策か」という点において優れており、政策立案の質が高かったのではないか。(p.10.)

【論文9】丸田健太郎(2023)「国語教育研究/実践の対象としての〈学習者の母語〉概念の確立の必要性」『日本教科教育学会誌』45(4), 37-48.

本実践で示された「自分のことば」へのとらえ方の拡張は、従来の「母語」観のような「母語=日本語」という認識から、自身のことばの実態に基づく「母語」観への変容であると言える。学生Aや学生が既述したように、周りにある多様なことばが自分の中に根付いていることを自覚することで、そっおから生まれる新たなアイデンティティを認めることができると考えられる。(p.43.)

学習者のことばの実態から考えると、〈学習者の母語〉と「国語」は相互に作用しながら駆動する、学習者の人生を動かすための両輪であると考える。社会的アイデンティティを育てるためには、個人的アイデンティティという基盤が築かされていることが必要である。(p.44.)

【論文8】永田忠道(2023)「専門性への欲望と総合性との相克ー教科教育学研究者・社会科・生活科の宿命と矜持」『日本教科教育学会誌』45(4), 53-59.

このような制度上から鑑みると、教科としての社会科、そして社会科を研究対象としてきた社会科教育学、その研究者たちは斜陽にあるように見えるが、果たして、そうだろうか。見方を大きく転換させ、社会科と生活科に加えて総合的な学習の時間とさらに高等学校での総合的な探究の時間までを別物ではなく、一体化した存在や研究対象として見なすならば、その存在や対象は斜陽どころか大きな拡大深化を遂げているとも見ることができるのではないだろうか。(p.57.)

社会科が学校教育の中で始められる前、教科教育学が学的な立場を確立していく前の教育学・地理学・歴史学などは、応用教育学・応用地理学・応用歴史学に突き進んでしまった経験を有している。教科教育学は、教育学・地理学・歴史学などから見ると学的な歴史が浅く未熟なのかもしれないが、古くから続く学問がかつて経験してしまった過ちを繰り返してはならない新たな学問分野・領域として重要な役割を担っていることを自覚し続ける必要がある。そのための新たな学問の大前提として、専門性へと突き進みすぎることへの制御機能を教科教育学は備えている、備えていかなければならない、という考え方もできるのではないだろうか。(p.58.)

【論文7】土肥大次郎(2023)「社会科社会問題学習における問題構築を扱う授業ー広い視野からの批判的考察を重視した授業の開発」『日本教科教育学会誌』45(4), 13-22.

【論文6】金道煉(2023)「SFL理論に基づいた韓国の「東アジア史」教科書の叙述構造の分析ー単元『17世紀の東アジア戦争』における多元的視点の具現化の検証ー」『日本教科教育学会誌』45(4), 1-12.

事件に関連した人物とそれぞれ異なる動機と目的を表す心理プロセス、関連した人物間の連結関係および事件の属性を表す関係プロセス、そして同じ事件についての異なる解釈をする歴史家たちの論理を提示する発話プロセスを多く活用した叙述構想は、学習者に歴史が持つ解釈的な側面を強調する。(p.10.)

【論文4】松本謙一(2009)「総合学習で育つ子どもの可能性 ―富山市立堀川小学校における子どもの育ちを手がかりに―」『生活・総合的学習研究』7, 1-14.

【論文3】有本 昌弘・山本佐江(2022)「伊那小学校における「見とり」―社会文化的な視点でのアセスメントと評価―」『東北大学大学院教育学研究科研究年報』70(2), 121-137.

【論文2】井上昌善(2022)「エージェンシーの育成を目指す小学校社会科授業構成ー外部連携を通した単元開発を事例としてー」『社会系教科教育学研究』34, 31-40.

【論文1】堀田諭(2021)「スタンダード時代の社会科カリキュラム構築における問いの再評価とその課題―新旧『初等社会科』の観念から問いへの変化が意味するもの―」『埼玉学園大学紀要 人間学部』第21号, pp.217-230.

近年、後者のグラントらは、両者の差異を明確にし、「観念」を中核にカリキュラム設計について考えるよりも、「問い」を中核にしたカリキュラム構築に重点を置いている。なぜ、このような重点変化が起こったのか。ここには、近年のスタンダードに基づく教育の限界性を乗り越えようとする目的が垣間見える。(p.218 .)

アメリカのスタンダード時代における「重大な観念big idea」消失の意味は、①学術的厳密性に偏った「本質的な問い」とは異なる、生徒の参加やレリバンスを伴った魅力的で多様な「compelling question」を構想したこと、②「ビッグ・アイデア」の問いと一般化の定義のうち、両者の問いを前景化し、社会科的な探究のモデルに適応させたこと、③スタンダード時代において、示された内容だけでは意味のある単元づくりが難しいことから、生徒にとっても教師にとっても魅力的な問いの構想から始めること、へと展開している。 (p.228 .)  

2では、単元として関連する一連の問いを考えていくことが求められている。ここでは、第3版から第4班への移行でチェックリストが焦点化されている。「なぜ生徒がこの観念に興味・関心を抱くのか」「生徒たちにどのような活動や経験をしてもらいたいのか」「自信が理解してほしいことを生徒が理解しているかどうかいかにして知ることができるのか」の三点に絞られ、魅力的な問いの作成に向けてスタンダードの項目だけでなく、生徒のレリバンスに配慮していく。(p.226. )

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