読書メモ

【本】飯笹佐代子(2007)『シティズンシップと多文化国家—オーストラリアから読み解く―』日本経済評論社.

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目次は以下の通りです。

序章 シティズンシップと文化的多様性
第1章 包摂と排除の境界―国籍/ボートピープル/強化される国境管理
第2章 先住民族の復権と共和制論議―二つのポストコロニアルなシティズンシップのゆくえ
第3章 多文化国家のシティズンシップ教育―「デモクラシーの発見」プログラムが紡ぐナショナルな物語
第4章 「小文字cのシティズンシップ」―多文化主義批判と「シヴィック・ネイション」
終章 シティズンシップを問い続ける

オースラリアにおけるシティズンシップをめぐる議論を多角的に論じた本です。大変面白い本だと思っています。

感想として、三点を感じました。

一点目
シティズンシップ論自体の批判的吟味がなされている点です。シティズンシップの多義性の整理を含め、丁寧になされています。
とりわけ、本書が、シティズンシップの「統治」の視点に焦点を当てることが、包摂排除問題への考察をより先鋭化させている気がします。

本書では、シティズンシップの「統治(government)」としての側面に注目し、「シティズンシップ」として語られる諸政策のもとで実際に何が起きているのかを、具体的な事例に即して批判的に考察する。そうした作業を通じて、多文化オーストラリアにおける包摂と排除の構造を解き明かすことを目指している。

p.ⅳ.

「シティズンシップ」とは多義的な概念であり、端的に言い表すならば、政治共同体の「メンバーシップの意味と範囲」に関わる諸事を意味する(Hall and Held 1989)。

p.1.

また、

「従来の「国民国家」論が、もっぱら、「ネイション」に傾注し、「ステイト」の方を軽視してきたのに対して、シティズンシップという観点は、それら両方を考察の視野に入れることを可能とするものである。」(p.9.)ことや、「「本質的に論争的な概念 (essentially contested concept)」 としてのシティズンシップ」(p.16.)という話、さらには、本書がシティズンシップの議論を「対抗国家」的なニュアンスだけで捉えずに、「国民教育」としての性格が内在すること自体を把握しながら議論を進めている点(p.135.)などが、私としては理解しやすいかったです。

二点目
オーストラリアにとってのシティズンシップ論の固有の歴史的構図が詳述されている点です。
憲法におけるイギリス臣民としての地位が採用された背景(p.35.)、英国から地理的遠くアジアに近いという環境の中での、歴史的アイデンティティの揺らぎとジレンマ(p.68.)など、改めてオーストラリアの位置づけを再考させてくれます。

また、先住民の復権におけるシティズンシップの問題は、大変読みごたえがあります。
何をどう認めていることが、復権になるのか。先住民族の権利と文化の捉え方の複雑さを感じます。

先住民族にとってシティズンシップをめぐる課題は一層複雑な矛盾を孕んだものともなった。 闘争を経てようやく「国民」としての形式的な平等の権利を得た時に、先住民族の前に新たな挑戦として立ちはだかったのは、皮肉にも、平等の権利をもたらした同化主義の爪痕であった。先住民族としての固有の権利追求を可能とする拠り所こそ、他ならぬ、国民としての平等の権利と引き換えに棄てさることを余儀なくされた、 先住民族としての伝統的文化的な固有性であったからである。

p.98.

ちなみに、1960~90年頃に公民科的な教科が無かったこと(p.136.)も初めて知りました。

三点目
普遍的な価値を問い直す視点を強く感じます。
2003年時点でのハワード政権の提示する政策や、「シヴィっク・ネイション」の構想に根差す排除性を批判的に論じています。
また、「デモクラシー」という大義名分のもとに、対テロ戦争の正当化が行われること(p.210.)への懸念も論じています。

つまるところ、ハワードの「シヴィック・ネイション」は、「普遍的」な価値を西洋的伝統として本質化し、 なおかつ、それをオーストラリアに独自の「オーストラリア的価値」として二重に囲い込むことによって、きわめて排他的な幻想として構築されるのである。それは、あたかも「普遍的な価値の名において、オーストラリアというネイションにおけるブリティッシュネスの、あるいは西洋的なものの復権を図り、そのゆるぎない優位を誇示しているかのようにみえる。

p.192.

強調すべき問題は、こうした「デモクラシー」という大義のもとに正当化される「対テロ戦争」 という暴力的な線引きが、 オーストラリアをはじめ各国におけるシティズンシップのポリティクスと密接に連動しているという点にある。

p.210.

本書では、「シティズンシップ」の視点から、(新しい社会構想を提案することよりも、)現状に潜む論点や問題点を浮き彫りにしていくことが重視されており、その点も含め、個人的にとても示唆的でした。

大変勉強になりました。

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