論文メモ

論文読後メモ2

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読んだ論文の一部の記録・抜粋を書いています。(非常に気まぐれにしかやらないのですが…)
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松井 昂(2021)「現代社会理解をめざす中等教育歴史学習の授業構成:「 歴史総合」単元群「現象としての文化財と現代的諸課題」の開発を通して」『社会科教育研究』143, 155-168.

文化財を現象として捉え,当該社会のアイデンティティ形成への利用のされ方を考察するためには,文化財の価値が所与のものではなく,社会的に構築されたものであるという理解が必要である。そこで,開発小単元群は E. ホブズボウム,T. レンジャーが提起した「創られた伝統」概念を授業の主題とする。(p.161.)

【論文17】西村豊(2021)「学習文脈は高校生の歴史授業に対する意識にどのような影響を与えるか?―多様な進路に対応したクラスを設けるX高等学校を事例として―」『社会科研究』95,37-48.

学習文脈は、生徒が「歴史教師に求める授業」に対して、自己の進路目標を達成する上で有益な歴史授業を望むようになるという影響を与える。そして、生徒が「歴史教師に求める授業」と元来生徒が重視している「歴史を学ぶ目的」が一致すれば学習内容に対する興味も高まるが、一致しなければ学習内容に対する興味は低くなる。(p.47.)

学習文脈A、Bにおいては、大学受験を意識した学習文脈が、生徒が「歴史教師に求める授業」に影響を与え、このことが、生徒が重視する「歴史を学ぶ目的」との間に不一致を生じさせていた。そして、これが学習文脈A、Bの「学習内容」の興味の低さの要因となっていた。そのため、生徒が重視する「歴史教師に求める授業」を意識しつつ実践することが重要となる。そこで学習文脈A、Bのようなクラスを受け持つ歴史教師は、大学受験において大切となる通史の枠組みの中で「知識や教養の習得をはかる歴史授業」を行いながら、小単元レベルで「現在理解のための歴史理解のための歴史授業」や「歴史の教訓に学ぶ授業」を実践するのがよいのではないか。(p.47.)

【論文16】星瑞希(2023)「中堅高校の1年生は知識構成型ジグソー法を用いた歴史授業をいかに意味づけるのか:学習文脈と生徒のアイデンティティに着目して」『北海道教育大学紀要(教育臨床研究編)』74(1), pp.45-60.

「大学受験を意識する生徒が集まる学校という学習文脈が歴史授業の意味づけに影響を与えたのは,歴史が得意というアイデンティティを有する生徒が充分なパフォーマンスを発揮できなかった場合に限定された。・・・生徒の中には高校の歴史授業は暗記中心ではないが,暗記は必要であるという高校の歴史授業観を形成している生徒もいたが,ジグソー法を用いた歴史授業は,歴史の流れを理解したり,理解したことをアウトプットしたりすることで,以前の歴史授業より覚えやすいと意味づけられていたことで,否定的に意味づけられることはなかったと考えられる。」(p.58.)

「中学校までの暗記を中心とした歴史授業において,歴史が得意というアイデンティティを発達させてきた生徒が,高校の歴史授業で充分なパフォーマンスを発揮できない場合は,歴史を学ぶ意味を感じながらも,授業に抵抗することが明らかになった。「歴史総合」の新設をはじめ,高校の歴史授業は暗記中心の授業からの脱却が目指されているが,中学校までの歴史授業が暗記中心の場合,歴史が得意というアイデンティティを形成してきた生徒が高校の歴史授業に抵抗することが危惧され,高校の歴史教育改革は,小学校や中学校の歴史教育の改革も伴わなければ,限界があることが示唆された。」(p.59.)

【論文15】星瑞希(2019)「生徒は教師の歴史授業をいかに意味づけるのか? ―「習得」と「専有」の観点から―」『社会科研究』90,25-36.

S教諭の「討論授業」を、歴史学を追体験する授業として意味づけるA高校の生徒はいなかった。この点は米国において生徒の歴史学習の意味付けを調査するバートンらの「歴史的説明がどのようにつくられているかを学ぶという観点から歴史教育の目的を捉える子どもたちが合衆国に存在することを示す先行研究はほとんどない。」という指摘とも合致する。歴史学者の追体験としての歴史授業を生徒が意味づけることには限界があるのかもしれない。(p.35.)

【論文14】星瑞希(2023)「高校生は主権者育成を目標とする歴史授業をいかに意味づけるのか:学習文脈と生徒の特性に着目して」『質的心理学研究』22(1),83-101.

近年、歴史教育において、歴史を暗記する授業に変わって、歴史家のように過去の文脈を探究するアプローチが主流となっている「歴史する(doing history)」という教授法が提唱されている(星・鈩・渡部, 2020)。しかし、本研究の成果を踏まえると、「歴史する」が過去の探究のみに止まるならば、嗜好としての歴史の学びを行う生徒以外が肯定的に意味づける可能性は低いと考えられる。(p.100.)

【論文13】村井大介(2019)「公民科教師のライフヒストリー研究:教師の語りから教科への希望を構成する」『平成30年度第41回ペスタロッチ祭特別講演記録』141-149.

さらに四校目の進学を重視している学校に赴任すると,受験に対応するような授業をしないと生徒にそっぽを向かれてしまうけれども,受験だけが公民科で学ばなければいけないことではない,という葛藤に直面する。この中で,J教諭は,50分の授業のうち40分は教科書を学ぶような授業をし,残りの10分で本当に考えてほしい問いを生徒たちにぶつけていくという授業を実践していた。例えば,諸外国に比べて日本の違憲判決が少ないのはなぜか,そのことをどう考えていくか,といった問いを学習の最後に提起するような形で授業をしていた。(p.145.)

教師の語りは,現在の教科の実態だけではなく,教科教育の過去を捉え直す視点も持っている。(p.146.)

それぞれの教師が歩んできた人生の物語,教師のライフストーリーは,その後の教師,あるいは現在関わっている教師にも大きな影響を与えうる。このように考えると,教師のライフストーリーに着目した研究は,教員養成にも応用することができる。(p.148.)

【論文12】岡林菜子(2024)「進学校出身の学生はいかにして主体的に進路を選んだと認識するのか:大学進路指導を振り返る学生の語りに着目して」『九州大学教育社会学研究集録』27,79-94.

【論文11】久保田貢(2007)「『机化』する子どもたちを起こす社会科教育の特質と教師の発達についての研究:井ノ口貴史へのライフヒストリー的アプローチ」『社会科教育研究』102, 25-36.

意見表明の指導をする際にも、「町工場では下っ端でも、いまのことを知っていたらおっちゃんと論争できる」と励ましながら意見形成を促す。実際にアルバイト先で店員のおとなと社会問題について議論出来たことを子どもたちはうれしそうに語るという。・・・こうして井ノ口はいま、市民社会のなかで生きていく一人の人間として彼らに何が必要かを念頭に、子どもたちに問いかけながら、授業を構想しているのである。(pp.33-34.)

【論文10】日下部龍太(2011)「日本統治下台湾の初等教科書に見られる社会観形成の論理:分割支配を意図した民族別教科書の記述差異に着目して」『社会科研究』74, 31-40.

【論文9】藤瀬泰司(2014)「批判的教科書活用論に基づく社会科授業作りの方法:教育内容開発研究に取り組む教師文化の醸成」『社会科研究』80, 21-32.

【論文8】両角遼平・石井佳奈子(2026)「台湾の中等公民教科書における「国民」記述の構造と特質─教科書記述の論理構造分析を通して─」『公民教育研究』33, 49-64.

2000年版教科書は既存の政治秩序である「国民国家」を前提化し、2010年版教科書は「ナショナル・アイデンティティ」概念を用いることで「台湾人」が抱える政治的葛藤を可視化し、2022年版教科書は「公民身分」概念を用いることで民主的価値による統合の実現化を促していた。このように、台湾の公民教科書における「国民」記述からは、国民を様々な概念から再構成しようと試みたことが明らかである。(p.61.)

台湾の事例を通して、国民が自明の存在として措定される構造を可視化したが、これは日本の公民科教科書における「国民」記述を再検討する上でも有効な視点である。(p.62.)

【論文7】桑原敏典(2000)「自律的な価値観の形成を目指す社会科論争問題学習―『アメリカの社会系論争問題』を事例として―」『社会系教科教育研究』12, 97-104.

【論文6】神尾陽一(2026)「二人の教師による公共性と採算性のジレンマ学習の実践─社会的ビジネスマインド学習モデルの提案─」『公民教育研究』33, 33-48.

公民科教育と商業科教育が融合することで、公共性と採算性の双方を比較しながら意思決定できる主体を育成することが可能となる。(p.34.)

このことから、教師による戦略的な価値観の揺さぶりが、その後の対話や内省で生徒の判断変容に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。ワークシートの記述内容や用語頻度の分析もこの差異を裏付けている。(p.45.)

【論文5】横山省一(2026)「平均値推測ゲームがもたらす金融経済教育の可能性─ナッシュ均衡の理解、投資イメージ、投資判断能力に対する効果の検証─」『公民教育研究』33, pp.17-32.

本研究の最終的な目標は、投資判断能力の育成である。ナッシュ近郊の理解や投資イメージの改善は、その基盤となる重要な要素であり、これらを段階的に積み重ねることで、他者の思考を予測するという投資判断の本質的な能力が育成されることが示唆された。(p.29)

【論文4】川崎誠司(2012)「アメリカにおける多文化教育の理論と実践:公正な社会的判断力をどう育てるか」『社会科教育研究』116, 109-129.

【論文3】小貫篤(2026)「シンガポール社会科における法的紛争解決─教科書”Resolving Conflict and Building Peace”の分析から─」『公民教育研究』33. pp.1-16.

社会科で取り扱われる多様な社会事象は、人々や集団の利害、価値観、立場の相違が、資源・空間・制度をめぐって対立として現れる課程として理解することができる。このような理解のもとで、従来の学習内容を変えずに、「紛争解決」の考え方(具体的には、「紛争は、信念・考え方の違い、領土争い、資源争い等によって発生する」「紛争は、個人間、社会、国家間で発生する」「紛争を友好的に解決する方法には、交渉と中立的な第三者の関与がある」等の考え方)で貫く。これは、地理における復興、資源、領土、歴史における革命、戦争、外交、公民における法、政治制度といった学習内容を、「紛争の発生と解決」という視点から再構成することを意図している。(pp.12-13.)

【論文2】岡島春恵(2018)「中学校社会科教師の教科観の形成に関する事例研究ー教科観形成の多層性と多面性に注目してー」『社会科研究』88, 13-24.

今回の調査では、社会科授業の目的について語る際に将来、生徒にどのような市民になってほしいかという点から語り始める教師(B、D、E教師)とどのような生徒であってほしいかという、学校での望ましい生徒の姿から語り始める教師(A、C教師)が見られた。(p.22.)

今回の調査の少ない事例からではあるが、このよう教科観の違いが生じたその形成過程を、それぞれの教師のキャリアから推測してみたい。(p.23.)

【論文1】渡邉巧・阪上弘彬・岡田了祐(2025)「社会科地域学習における小学校教師の授業づくりの特質および背景―インタビュー調査をもとに」『E-journal GEO』Vol.20(2), 392-404.

5名の語りの背後には,社会科教育および地域学習に関する【教師の目的・目標】の違いがみられた.それらは,「地域理解」もしくは「地域参加」を重視したものに分かれる.(p.401.)

5名の教師たちは,地域学習の目的を自覚して,授業づくりを行っている.社会科を熟知していても,地域学習では教材開発または学習評価で困難性を経験していた.また,教師自身が,地域の教材を深く研究しているがゆえに,その過程および成果を子どもに追体験させることの教育的意義を自覚しつつも,子ども主体で授業をつくることとのジレンマも語られた.さらに,学習指導要領および教科書,地方自治体等で作成された副読本を自律的に読み解き,その問題性および不十分さを見抜いた上で活用していた.(p.402.)

Westberg, J and Primusb, F. (2023). Rethinking the history of education: considerations for a new
social history of education. Paedagogica Historica, 59(1), pp.1–18.

Polenghi, Simonetta. (2024).Histories of educational technologies. Introducing the
cultural and social dimensions of pedagogical objects. Paedagogica Historica, 60(1), pp.1–17.

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