
渡辺貴裕先生の著書はこれまでにも拝読させていただき、模擬授業の場を重視するスタイルや、コルトハ―ヘンのALACTモデルをベースにお話されている論理構成も含め、大変勉強になると共に、非常に共感して読むことが多かったです。
本書でも新たな発見が多く、勉強になりました。
今回、新たに腑に落ちたのが、対話型模擬授業検討会の方法が、ALACTモデルや「知の構造のモデル」は勿論ですが、想定されている授業検討会や授業分析の方法とも密接に関わっているという点です。
特に印象的だったのは、p.104~110.あたりの「子どもの思考と感情をとらえる」の内容で、望ましいと想定されている授業の見取り、学習者への眼差しのあり方がとても具体的に書かれているように思いました。
「自分の心の動きと切り離さず話す」(p.110.)とも併せて、授業見学をする際に何を見るべきか迷った際に、一つの明確な方法論を示しているようにも思え、大変参考になります。
同時に、この授業の見方が、対話型模擬授業検討会そのものを再現しているようにも思えて、その納得感が今回の読後感として、一番大きい収穫でした。
「子どもに交じって授業を受ける」(p.177.)もそんなやり方があるのか!と驚きでしたが、教師や大人がやってみる学びをする魅力を、改めて発見できる、盛沢山な内容だとも感じます。
私自身はもともと社会科教育の模擬授業指導の場を運営する経験が多かったこともあり、学部段階の教科教育法の指導と、対話型模擬授業検討会の考え方や視点をどう折り合いをつけて考えていくべきかは、時々考えさせられます。
確かに、指導案通りではない点が分かることが模擬授業の魅力の一つでもあり、「授業のねらいや構造に迫ること」(p.78.)を重視しすぎることの懸念点もよく分かります。あと、それこそゲシュタルトの話とも関連し、「教師や実習生に身に付けてもらいたい学問的知識があったとしても、それを直接的に教えるようなことはしない」(p.52.)という発想の魅力も感じます。
ただ同時に、ある程度のまとまった理論教授(教科の目的を意識した授業設計や、導入~まとめや単元全体の流れ、各発問の繋がりや組み合わせ方の理論など)を出来るだけ実践的に行いたいという目的意識であったり、まだ実習未経験の学部生にとっての授業設計の難しさを実感する意味での模擬授業指導の魅力もあるとは思うのです。それゆえに、理論的な講義と模擬授業を切り離し切らない形で、両者を往還できるように工夫している教科教育の先生もおられると私自身は捉えています。
ただ、おそらくそういう模擬授業指導は、「授業のねらいや構造にせまること」にどちらかというと傾斜すると思います。大学教員が出来るだけ話さないように検討の場を工夫したとしても、ある程度の方向性として、狙いや構造は意識された議論になることも多いような気がします。(どちらかというと、検討の論点が、学部生にとっても見えやすい指導技術の話だけにならないようにと、授業設計の議論を意識させようとされるのではないかと推察します。)
その上で、そういった狙いや構造に迫る議論が、結果として、ゲシュタルトを発達させるプロセスになっていないのかどうか。教科のねらいや構造の議論と対話的模擬授業の方法をうまく折り合いをつける方法があるのかどうか。など、改めて悩ましく、同時に考え甲斐のあるテーマだなと感じました。
(補足すると、結果として、対話的模擬授業検討会をしている過程で、ねらいや構造への論点へとうまく繋がることはありうると思います。ただ、それは結果的にであって、スタート地点としての志向性は違う気もするのだろうなとも感じます。)
いずれにしても、一連の授業研究の方法について、改めて理解を深めることができて、大変勉強になりました。