読書メモ

【本】内藤正典(2020)『イスラームからヨーロッパをみる:社会の深層で何が起きているのか』岩波新書.

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目次は以下の通りです。

序章 ヨーロッパのムスリム世界
1章 女性の被り物論争
2章 シリア戦争と難民
3章 トルコという存在
4章 イスラーム世界の混迷
5章 なぜ共生できないのか

ヨーロッパの中のムスリムへの差別、およびヨーロッパ社会とムスリム社会の葛藤を描いた本です。
読んでいると、自分が日ごろ見聞きする情報がヨーロッパより目線であることに自覚的になれます。(読後感としては、『現代ロシアの軍事戦略』を読んだ時と似た感覚を少し持ちました。)

本書で一番の主張は以下の文章の内容のように思いました。

ヨーロッパ社会においてムスリムの過激さが目立つわけではなく、ヨーロッパ社会自体が、ムスリムを過激な方向に導いていくというプロセスについてです。

繰り返しになるが、フランスのムスリム移民たちの母国は、元々かつての植民地が多く、宗主国フランスの啓蒙主義の影響を受けていたため、世俗的だった。母国の社会が厳格なイスラームを適用していたから、フランスにイスラーム主義を持ち込んだのではない。イスラームが本質的にフランスの世俗主義と相いれないのはその通りだが、彼らはもともと世俗的なムスリム社会で生きていて、さらに世俗的なフランス社会に暮らすようになってから、反転してイスラームに再覚醒した。その原因は、どれだけフランス共和国の理念に共鳴しても、その制度に従っても、「二級市民」扱いされ、人種差別を受け、自由も平等儲けられなかったし、同胞愛の対象にもなれなかったことにある。そこを見落とすと、フランス型の同化主義がなぜ失敗したのかを明らかにすることはできない。

pp.247-248.

ここの理解の仕方や、出来事の順序の捉え方が異なってくると、ヨーロッパ社会におけるムスリム差別の論点が大きく変化してくるように思いました。

その他にも本書では全体的に、ヨーロッパ社会が、ムスリム差別や排外行為していて、その排外主義の道具として、象徴的な事件が出て来るに過ぎない、という点が印象に残りました。

ヨーロッパ各国の社会は、ニカーブやブルカを禁じることによって、ヒジャーブや単純なスカーフに対しては寛容な姿勢に転じたのだろうか。実際には、まったくそんなことはない。相変わらず、スカーフやヒジャーブをかぶっている女性たちにも、いまだに冷たい視線と罵声を浴びせている。法律のうえでは被り物のあいだに線を引くものの、嫌悪の感情には線引きはなされなかった。つまり、被り物はヨーロッパ社会にとっての「争点」ではなく、ムスリムを排除しようとする排外主義の道具だてとして利用されてきたのである。

p.54.

このような話は、タリバンに対するアメリカの言説にも共通する点があると思います。「目的のすり替え」(p. 204.)という話に私がどれくらい自覚的であったのか、と考えさせられます。

その他印象に残った点を二点メモします。

一点目。
当然ながらムスリムの考えについて詳しく説明がなされています。
公的領域、私的領域を分けない発想(p.32.)、の話など以外にも、クルアーンの中身についての説明も各所でなされています。

イスラームという宗教には、信者に悔悟を迫るよりも、「それでいいんだよ」と人間の弱さを認める性格が強い。欧米世界の人も、日本の人も多くが誤解しているが、『クルアーン』には、アッラーは無理なことを求めていない、アッラーはできるだけ楽なことを求めるという記述が頻繁にでてくる。それでいて、弱い立場の人間にやさしくしてやれ、来世で楽園(天国)に召されることを楽しみにして生きるように教えるのである。

p.217.

上記の解説にある内容であるからこそ、ヨーロッパ社会で差別されたムスリムが再覚醒していく背景にもなっているとのことでした。

二点目。
トルコという国の歴史や苦悩が詳しく説明されています。

東ヨーロッパ諸国よりもずっと前からヨーロッパの一員たらんとしてきたトルコの加盟は実現していない。今となっては、交渉における個々の問題よりも、やはりヨーロッパはイスラームを受容することを拒んだように見える。

p.116.

トルコのEU加盟交渉が進みかけていた2015年にヨーロッパ難民危機が起こり、一気に交渉が難航していくプロセスも説明されています。EUとトルコでは双方の利害を取引するような交渉が当初進んでいたが、最終的には「トルコには何も与えず難民だけは出すなと命じる」(p.126.)ことになった、とあるように、ヨーロッパ側の理不尽な要求があったことも印象に残りました。

以上です。

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