
建築を専門とする先生方が、アメリカの学校を回り、その校舎の特徴を分析している本。日本の学校との比較の話も沢山あり、非常に参考になった。
また事例紹介にとどまることなく、アメリカの学校の校舎の歴史的変遷や、大まかな類型を示し、最後には、アメリカ教育研究や総合学習研究でも著名な加藤幸次先生との対談も入っているなど、様々な視点から学校の校舎を考えられるように構成されています。
アメリカ教育史のことを私もやっていますが、お恥ずかしながら校舎を扱う場面は少なく、最近ですと、宮本健市郎先生の『空間と時間の教育史:アメリカの学校建築と授業時間割からみる』を読んで学んだものの、十分に別の形で学ぶ機会がありませんでした。そういう意味でも参考になりました。
読んでいて印象に残った点を数点メモしておきます。
第一に、様々な構内図、写真などを駆使して学校の様子を示している点です。シンプルな話、これだけ沢山の学校の写真を一気に載せてくれている本も少ないように思います。それぞれの学習環境が、構内図だけでなく写真でも分かるのは大きな魅力です。また、校舎の話が周りの地域と連動して紹介されるため、その学校がどんな建物を改装してできたのかという話や、地域の人や児童生徒の保護者とどのように学校が関わっているのかという話などが、自然と登場します。これらの情報から気づかされる点も多いです。終業後や週末に施設を開放する学校も複数紹介されており、学校の地域資源としての側面を実感することができます。
第二に、学校の校舎や教室の設計が、授業や教育の発想と連動している、という点は各所で読み取ることができます。印象的なのは、最後の座談会にも出てきた、アメリカには「教壇」がないという話と、アメリカの教室では床に座るじゅうたんが敷かれていることもあるという話などです。宮本先生の本で「家庭モデル」の類型で登場したクロー・アイランド小学校も本書で登場しています。また、図書質やコンピュータールームやコモンスペースなどが校舎や全教室の真ん中にあることの意味を改めて実感することができます。
第三に、児童生徒にとっての「居場所」の話が出てくる点です。本書で紹介される通り、教科別で校舎内を分けるようなモデルが主流ではありつつも、より小さな単位でのまとまりを学校内に作ろうとする試みについて多様に紹介されています。「ハウス制」「ファミリー制」の話はまさにそれですし、学校の中の学校(Schools with in a School)などの事例も様々に紹介されています。児童生徒同士や教師と児童生徒のクロスコンタクト(親密な人間関係)をどのように形成していくか、という論点を改めて考える機会になります。
第四に、学校ごとでの裁量が大きく、学校ごとでの独自性が打ち出されていることが校舎を見ても分かるという点です。これに関しては、2004年以降の日本の教育政策による変化もあるようには思いますが、とはいえ、公立学校が校舎レベルでの独自性を展開していくという点は印象に残ります。経営をする校長と実践をする教師は別物(経営の専門性とティーチングの専門性を分けて捉える)、という発想も校舎の論点に繋がっていくように思います。
その他、マグネットスクールの影の部分などにも多少の言及はありつつ、それでも市場原理を通して、様々なチャレンジや個性的な取り組みがされていく点に可能性を見出している著者らのスタンスも印象に残りました。