
歴教協の30年を振り返り、成果と課題をまとめた本。自団体史ということになりますが、様々に勉強になりました。
改めて、1947年後の指導要領への対抗スタンスとして、新教育、経験主義に対する反対の立場が徹底されていることを再確認しました。民間教育団体と新教育の(主に対抗的な)関係と、諸団体の微妙な立ち位置の違いなどはこれからも丁寧に学んでいきたいです。
同時に、本書を読んで一番印象に残ったのは、1950年代以降から始まる、歴教協内における「科学主義」と「生活主義」の対立的な構図についてです。
「歷教協内部に科学的,法則的理性的認識を重視する考えと、それを肯定しながらも、歴史意識・生活意識の育成を重視する考えとが存在することを端的に示しているのは、歴教協編 『歴史教育における指導と認識』(未名社、1958年)である」(p.95.)
ともすると、この時期の民間研の歴史教育は、唯物史観を教条主義的に教えていた、と決めつけている見方も存在しそうに思いますが、1950年代以降の科学主義と生活主義の対立の構図、とりわけ生活主義の立場の主張などは、そういった思い込みをやや緩和してくれるように感じました。科学的歴史認識の立場を真正面から否定しないまでも、生徒の生活意識に根ざした歴史認識や学問と生徒の意識のずれに注目・重視したい、という立場の人々が発現していることがはっきりと見て取れます。
そして、生活主義と科学主義の対立構図をうまく乗り越えて捉えなおす意味でも、地域に根ざした歴史教育が目指された経緯は理解しやすかったです。「安保も帝国主義も地域の中にゴロゴロしている。」という有名な言葉が出てくるのも、1969年の山形大会でした。
歴教協の30年において、1969年8月の山形大会(全国大会)は重要な意味を持つ大会であった。つまり、この山形大会は今日の”地域に根ざす歴史教育の創造”という研究と実践の出発点となる大会であった。(p.211-212.)
また、1970年代には、「主権者にふさわしい国民の歴史意識の形成・発展」を育てるために、「地域の掘り起こし」と「わかる授業の創造」の両立を目指していく方向へと論点がシフトしていく点も理解することができました。(p.222.など)
その他、二点メモしておきたいことがあります。
一つは、支部活動の魅力について。この支部活動が単なる運動戦略というわけではなく、団体のポリシーとも密接にかかわっているのだと感じることができました。
歴教協創立以来の会員である小島は、一貫して地域で活動してきたのであるが、70年代に各地に広がった歴教協の支部活動の重要性を強調して、次のように述べている。「支部で活動するからこそ地域の人たちや、運動にはたらきかけることもでき、逆にまた、はたらきかけてもらうこともできる。支部があるから新しい人をさそってくることもできる。仲間どうしで研究することもできる。県の研究集会を成功させることも出来る。全国大会へさそいあわせて、みんなで参加できる。これらは、理くつでなしに、支部活動をやってみてわかったことなのです」と。ここには、親や子ども、 親や子ども、地域の人たちに対する信頼がある。学ぼうとする姿勢がある。学ぶことによって自分をきたえ、さらに運動を広げようとしている。国民的歴史学運動の時代とは違う動きが芽生えている。歴史学者の歴史感覚と庶民の歴史感覚のズレを埋め、国民の思想の奥深くに入り得る場、それが地域であった。研究・教育が実践と結合することによって、はじめて本物の研究・教区育を追求する条件が生まれたのである。(p.160.)
もう一点は、「地域の掘り起こし」の話です。こういう話を読みながら、歴史教育の活動は(狭義の)教科教育の内部だけの話に終わらないというか、住民運動や社会教育とも地続きの運動なのだというととがよく分かります。公害教育史などでもそうですが、学校教師の地域での役割の重要性を感じる場面でした。
現在、歴教協の各県・各支部が追求している地域の掘りおこし運動のとりくみは、いくつかの特徴に整理してみることができる。社会科の学習をするとき、地域の現実を伝える生きた資料が欲しいという思いから、また子どもとともに生き生きとした学習をしたいという願いから 地域の教材化をはかるタイプ、地域を知りたいという親の要求にこたえ、みずからも学び地域の教育力を共に育てていく課題に迫るフィールドワークをすすめるタイプ、古文書を読めるようになりたいという欲求を充たし、文書の発掘、学習を通じて、地域の掘りおこしへと発展する可能性をもつ古文書学習会を活動の軸にすえているタイプ、学校教育の枠をこえて、地域住 民の歴史意識の変革に迫ろうとする、民衆史運動を基調とするタイプなど多様である(『歴史教育月報』1975年5月号、佐々木勝男のまとめ)。地域の掘りおこし運動は、一応活動のスタイルから、四つの類型に区分できるものの、その実質は、学校教育の枠の中でとらえられる内容のものと、民衆史運動としての内容と量的広がりを備えているものの二つに区分することができる。.(pp.173-174.)
以上です。