読書メモ

華井和代(2016)『資源問題の正義: コンゴの紛争資源問題と消費者の責任』東信堂.

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公正志向の消費者教育研究に繋がる研究成果として、大変刺激を受けました。

本書では、今後における紛争鉱物資源の問題を、様々な視点から分析し、最終的には日本にいる消費者の社会的責任を問い直し、今後の方策までも提案されています。

読んでいて最初に良いなあと思ったのは、問いの出し方がとても魅力的だった点です。以下のように書かれています。

紛争鉱物規制は、消費者から生産地への「影響」の伝達を利用し、消費地での取り組みによって、生産地の問題解決を実現する試みである。そして、規制が導入され、取り組みが広まった背景には、2000年代から展開されてきたNGOの啓発活動と、その活動を支持する消費者世論の高まりがあった。
この取り組みを前にして本書で問いたいのは、「生産地と消費地をつなぐ経路が明確でないにもかかわらず、消費地での取り組みによって生産地での問題を解決しようとする試みが始まり、消費者の支持を受けて広まったのはなぜか?」という疑問である。(p.8.)

確かに何故だろうと思える問いで、それが論証されていくプロセスが読んで面白かったです。
コンゴの生産地側での混乱した状態はもとより、消費地側での国連、NGO、消費者、企業などの様々な立場を論じています。NGOなどの市民運動はもちろん、消費者による社会運動の重要性を実感できます。そして、私自身、コンゴの状況を単純に捉えていたなと深く反省させられました。
また、最終的には日本のメディア、市民社会の弱さ、(更には消費者の関心の低さ)を批判する内容となっているように思います。

NGOの活動が盛んなアメリカでは、消費者団体やNGO、あるいは投資家からの働きかけによって企業が問題への取り組みを開始する構図が見られた。ヨーロッパでは、環境や社会に対する取り組みを企業が情報開示し、サプライチェーンの隅々に社会的責任を行き渡らせようとする大きな流れの中に、紛争鉱物取引規制も位置づけられている。 一方、日本においては、欧米とは異なる文脈で企業の行動変化が起きている。端的にいえば、日本の企業は国内の市民社会よりも国際機関の方針やアメリカ企業との取引を意識して紛争資源問題への取り組みを行い、日本の消費者はその潮流から取り残されている。・・・日本のように消費者の認知度が低い場合には、そうした意思表示でさえできなくなる。日本の消費者が社会問題を解決する力となるためには、まずは生産地における社会問題に対する認知度を高めることが不可欠であろう。( p.283.)

これらの上で、近年の日本におけるCSRの様々な取り組みが分析されると共に、コンゴの紛争鉱物資源問題を扱った公民科授業を実践・検証しています。
様々な論点を扱いつつ、授業実践まで実施している点に本当に驚きました。
(と同時に、学校教育だけでなく、社会全体が変わっていかなければいけない、という点を強調しているのも本書に素晴らしいところだと感じます。)

同時に、消費者市民社会の概念の魅力であったり、今の時代に求められる消費者教育の方向性を本書から学べたような気がします。
本書以後に、18歳成人やSNSの普及などが本格化する中で、消費者教育は公正志向を維持する進んでいるのか、もしくは、「騙されないように」という○○予防教育的になっているのか、など私自身も考えさせられます。

最近、本書を参照しながら学生と議論をしていました。日本ではなぜこういった情報がメディアで流れにくいのかという話になり、SNSなどでも社会問題を挙げたり、賛同する姿勢を見せづらい状況があるという話も論点に挙がりました。ある意味で、社会運動的に動こうとする人を「意識高い系」と括ろうとする何らかの雰囲気が、報道や活動に消極的なメディアや企業を作り上げているのかもしれない、と感じたりもします。
いずれにしても日本社会のあり方を考える、重要な示唆を本書から頂いたと感じています。
勉強になりました。

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