読書メモ

ディラン・エヴァンズ(2005訳)『感情』(〈1冊でわかる〉シリーズ), 岩波書店.

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本書のタイトルは「感情」だが、情動(emotion)の話を中心として論じられている(「感情」の方が読者のなじみがあるだろうということで、タイトルがそうなっているらしい。)

啓蒙主義の哲学者が情動を重視していたという話は、『嫉妬論』でも読んだが、1990年代以降の情動論の再興を含め、情動面を重視するか否かの盛衰が何度もあることを改めて感じる。

「感情的なるなよ」といった言葉の背景には、感情が知性や論理性を失わせるかのような意識があると思うのだが、情動に対する肯定的な見方、すなわち「情動は知性的な行為を起こす上で不可欠であるという考え方」(p.29.)があるという点を聞くだけでも、思考が広がる感じはある。アリストテレスのいう中庸の概念が、「j共同的知性」、すなわち「情動と理性のどちらか一方に完全に主導権を握るのではなく、両者の間でちょうどいいバランスをとる」ことと似ているという話も興味深い。要するに、情動を否定するのではなく、いつ情動を制御すべきか、開放すべきかを知っていることが重要だということなのだろう。

同時に、読んでいて思ったのは、どんなに「論理的」「合理的」に選択をしていると本人や周りが思っていても、その表現や選択が「情動」と分かちがたくむすびついているということなのだろう。

また、様々な思想家が、道徳的行動を導くものとして情動の根本的な役割を強調してきた(p.59.)という話も含めて、人がものを見聞きし経験したり行動する中での「情動」の動きの重要性を再認識できる。

一方で、心地よい、楽しい気分の演出の中で、しっかりと考える時間を与えられずに選択を迫られると、誤った選択をしやすいという結果も示されている(p.121.)。特に印象的なのは、「迅速で粗い方法はきわめて情動に基づくところが大きい」(p.122.)という点で、何事を選択するにしても、それなりの情報と時間があることの必要性も認識できる。

同情(Sympathy)と共感(Empathy)の使い分けの話も出てくるが、そこまで大きな違いとしては捉えられていない。むしろ、こういった同情や共感の働きをうまく用いて、相手を説得する話術や弁論術が古来から蓄積されてきた点、現代で言うサブリミナル広告などもその一端をなす点など、示されている。

終盤は人工知能やロボットと情動の話が描かれている。『ブレイドランナー』を観なきゃなあ。ロボットや人工知能の中に情動を作り出した際に、ロボットの権利擁護の話が出てくるという話ももはやSF的とは思えないリアリティがあるようにも感じられた。

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