
昨年末に読んだ岩渕功一編(2021)『多様性との対話:ダイバーシティ推進が見えなくするもの』青弓社.と方向性は重なる本だと理解しながら読んだ。
「共関」と「協繋」という概念を初めて学ぶことができた。共関は、「立ちはだかる壁をつくる状況を生み出している社会的な力に、自分自身も関与していることを認めること」(pp.129-130.)に関わる意識だとされる。テッサ・モーリス=スズキ(2013)『批判的想像力のために: グローバル化時代の日本(平凡社ライブラリー)』平凡社.に出てきた「連累」の概念も参照されている。「協繋」は、異なる価値観を持つ人々が、社会における不公正や不正義にともに抗うための対等な関係で関わり合うこととされる。「路上のデモに参加するまではいかなくても、できる範囲で何らかの支援をし合うこと」ともされ、いわゆる「強い政治的あるいは苦難や利害を共有する集団の団結・結束」を想起する「連帯」とは違う発想として示されていた(pp.138-139.)。「共関」も「協繋」も、直接的に強く関与する方法以外の参加のあり方を示そうとしているように思える。
本書全体を通して、多様性推進の良いところだけではなく、その難しさも含めて様々に書かれているのだけれど、本書が言っているように「だからと言って、『多様性と共生することは面倒だし難しいからあまり関わらないようにしよう』と言って終わってしまっては元の木阿弥です。」(p.104.)という話は、先日読んだ清水晶子、ハン・トンヒョン、飯野由里子(2022)『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』有斐閣.の話とも関連するように思えた。多様性と向き合うことは覚悟がいることなんだよなあと。まさに本書でも述べられていたような、ネガティブ・ケイパビリティの話との接点を感じるところではあった。
キャンセルカルチャーについては、それが時に行き過ぎたものだと非難されることを認めつつも、「それまでは公的に取り上げられてこなかったいろいろな差別・不平等の問題について、被害を被った人たちや支援者が声を挙げて公的に非難し謝罪を求めるという、社会正義に向けた重要な運動です」(p.97.)。この論点については、個人的にもっと掘り下げて学びたいと感じています。