読書メモ

ウェイン・A・ウィーガンド著:川崎良孝他訳(2022)『アメリカ公立学校図書館史』京都図書館情報学研究会.

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目次は以下の通りです。

序論 記憶のない専門職
第1章 20世紀以前の伝統の継承
第2章 「サービスで証明する」:学校図書館専門職の確立、1900‐1930年
第3章 大恐慌と第2次世界大戦を切り抜ける、1930‐1950年
第4章 アメリカ学校図書館員協会の組織化、1930‐1952年
第5章 成果をまとめる、1952‐1963年
第6章 「学校図書館発展の黄金時代」、1964‐1969年
第7章 専門職の管轄領域をめぐる闘い、1969‐1981年
第8章 「情報リテラシー」:古いぶどう酒を新しい革袋に入れる、1981‐2000年
第9章 新しい世紀:移りゆく教育環境への適応
第10章 考察:学校図書館の輪郭に影響する要因

学校図書館の通して、複数の論点が学べる気がします。

前提として、公立図書館と学校図書館の力関係の中で、学校図書館が一定の地位を築くための戦略や挫折を繰り返してきたことを知りました。
(最初の頃は公立図書館の中に学校図書用の分館があったという話や、ALAとAASLのパワーバランスも含めて)

幾つか印象に残った点をメモしておきます。

一点目
図書館の蔵書選択自体の論争性についてです。
図書館に何を並べるのか、という点が強い規範を放っているのだということを再認識しました。

例えば、学校図書館での小説やコミック本などの扱いについて。

ある歴史研究者は、図書館専門職のコミック本への敵愾心は、「図書館の境界外で生じている子どもの読書に関して、意義ある対話に貢献するのを妨げることになった」と述べている。コミック本が1か月で6500万部売れ――青少年少女が友人と数百万回交換している――てさえも、学校図書館は決してそうした境界の外にでることはなかった。

p.121.

これに関しては長きにわたり、図書館に小説や世で売れている本を置くことに抵抗があったようです。初めて知りました。一方で、解説にあるように、こういった本の再評価が1980年代以降進んだようです。

公立図書館ではポピュラーな小説が複本として提供されてきたが、図書館員は積極的にこの種の本を重視していたとはいえない。・・・(中略:斉藤)・・・こうした捉え方を覆す研究が1980年代から生じてきた。ジャンル・フィクションの読書を、時間つぶし、気晴らし、娯楽、現実逃避ではなく、読書にとっての有用的で現実的な重要性、人生全体にわたる影響力を豊かに示す研究が産まれてきた。

p.477.

2点目
学校図書館の歴史が、人種差別の縮図でもあるということ。
これについては、黒人学校と白人学校との対比であったり、学校に置かれる本に含まれる人種差別性をはじめ、1903年ニューヨークで『アンクルトムの小屋』が公立学校で禁止になる(p.79)なども象徴的です。

黒人差別の南部に住む、最近になって解放されたアフリカ系アメリカ人にとって、19世紀末には公費投入による学校区図書館やコモンスクール図書館は存在しなかった。そうした状況を可能な範囲で埋め合わそうとする黒人コミュニティがあった。

pp.35-36.

黒人差別の南部にあって、非常に多くの白人はアフリカ系アメリカ人が読んだ図書に触れることに嫌悪を感じていたので、白人読者を相手にする公立図書館の中央館や分館は、本が廃棄された場合を除いて、決して教室蔵書を黒人学校に供給しなかった。エリザベス・ハウレットは1929年当時のバージニア州リッチモンドにおける初等学校での経験を覚えていた。リッチモンドの[黒人]生徒は近くの白人学校から「残り物」の教科書を受け取ったのだが、そこには[使用した白人生徒の]名前が記されていた。ハウレットは、これには傷ついた。私が受け取った本の中には非常に多くの引きはがされた本があり、他の人の本を見ないと勉強を続けることができなかった]と回想した。

pp.94-95.

三点目
図書館改革をするうえで、財源の確保の影響が大きい問題であるということ。
多くの改革が進んだのは、結果的に財源が確保できたことが大きかったことを示す場面が複数でてきます。

多くの学校図書館は、フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策から恩恵を得た。そのプログラムには公共事業局、雇用促進局、それに青年局が含まれる。公共事業局は、多くの南部の学校が既存の学校図書館を拡大することを助けた。

pp.100.

初等中等教育タイトルⅡの資金は明らかに図書館数と蔵書数に非常に大きな影響を与えたが、その影響は全国でまちまちであった。

p.251.

その他、視聴覚教材の指導が学校図書館に求められる中で、それを押し込もうとする立場と、それに反発する立場の様子など。ただ、全体として、教育資料センターや、ラーニングコモンズのような場としての役割が時代を追うごとに志向されてきたことは理解できました。

また、アメリカのNCLB法やコモンコアなどの政策が、自由な読書を促す学校図書館の理念と反対になっていることへの不満を大きく募らせていることも、学校図書館史を通史的に読むことで、より一層実感できた気がします。

以下、学校図書館の独自の立場を理解する上で、以下の文章は心に残りました。。

教室で許されることと許されないことは、必ずしも学校図書館と同じではない。そして生徒は学校図書館で教室よりも大きな自由を感じる機会を持つ。というのは教室と学校図書館では課題が異なるからである。生徒は教室で生じることの大部分を勉強と把握している。生徒は学校図書館で生じるいくつかのことを、個人的満足の追求と見なしている。

p.386.

学校図書館が学校教育と社会教育的な場の接点でもあり、そのアイデンティティや専門職性を絶えず揺らがされる場でもあり、またその揺らぎが歴史的に何度も繰り返されているように思いました。

以上です。

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