読書メモ

原田信之編著(2018)『カリキュラム・マネジメントと授業の質保証:各国の事例の比較から』北大路書房.

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目次は以下の通りです。

はじめに
序章 日本のカリキュラム・マネジメントの現状と課題
1章 アメリカのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
2章 イギリスのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
3章 ドイツのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
4章 フランスのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
5章 フィンランドのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
6章 香港のカリキュラム・マネジメントと授業の質保証
7章 シンガポールのカリキュラム・マネジメントと授業の質保証

各国のカリキュラム・マネジメント的な政策や実際的な学校運営などの特徴を論じています。
個人的には、「比較」という方法の強みを改めて実感しました。

各国の事例は、随所で日本と比較しながら論じられています。その比較の中だからこそ、「55年体制以降の中央集権型の教育行政、法的拘束力を持つ学習指導要領、学習指導要領を踏まえた検定教科書、教育課程は「教育計画」としてのみ捉えられがちで、「何を教えるか」よりも「いかに教えるか」についての関心が高い教師文化といった固有性を背景とし、CMの実践と研究は遅れていた。」(p.5.)という日本的特色も際立ち、理解しやすかったです。

いくつか印象に残ったことをメモしておきます。

一点目
国家規模でのテストと学習指導要領的なものとの関係についてです。

日本でのテストの取り上げられ方は様々ですが、イギリスとドイツ、フィンランドなどを見る限り、ナショナルカリキュラムとナショナルテストを一体として捉えるような発想は、少なからずみられる。ただ、無駄に学校間での競争を煽り立てないようにであったり、テストの役割をナショナル、ローカルで分担させるなど、様々な工夫がみられます。日本の章でも、学力調査やテストなどと学校改革を連動させた事例も紹介されています。

また、アメリカの例に顕著なように、テスト政策が市場原理による競争原理に絡めとられないためにも、形成的評価を重視した評価方法が模索されている点(とその難しさも含め)、改めて再認識できました。

二点目
フランスの教員文化が印象に強く残りました。知識こそが教養であるという発想から、コンピテンシーベースの政策に対して批判的なフランスの教師文化。また、教師が協働することによって個々人の教師の裁量が失われるのではないかと捉えたり、教師の自主裁量の大きさを重視する文化には、日本の学校教育の文化の当たり前を相対化させるような視点を感じました。

フランスには、教科書検定制度も、教科書使用義務もない、そのため、教員は、学習指導要領の内容に関して、自由裁量で指導の軽重をつけたり、自分なりの基準・方法で評価したりすることを仕事としてきた。教育方法の自由は、学習指導要領でも明確に認められている教員の権利である。他の教員と協働すると、それぞれの専門性を発揮して自由に教育を行うことが難しくなるため、教員は協働に乗り気ではないのである。

pp.130-131.

もちろん、日本もそうあるべきとかそういう話ではないですし、本書の趣旨からいえば、そんなフランスでもカリキュラム・マネジメント的なものの萌芽が見られることへ力点が置かれているわけですが。

最後に、「はじめに」に掲載されている以下の文章が、本書全体の内容を象徴するように思えました。

各国における教育活動の質向上の動きは、今後も引き続き進化を遂げていくに違いない。大工の個人技から工務店の組織的経営の時代への変化にも似た大きな構造転換は、いつの日か職人技を懐かしむ時代を迎えるかもしれない。職人技をも継承する工務店経営のような、融合コンセプトを基盤にすることは理想論で終わらせたくはないところである。

p.ⅳ.

ある意味で、マネジメントを意識したモデルへと組織的に変容していくことが、今後避けられない進路のように描かれているように思いました。と同時に、そのマネジメントの中で、いかに教育的な営みの固有性を守っていくのかをめぐって、様々な工夫や賛否がある。

本書から各国の教育政策の方向性を学びつつ、それとは異なるラディカルでオルタナティブな可能性についても、幅広く学んでいきたいなと感じました。

以上です。

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