目次が以下の通りです。
本書のアプローチ
第1部 先行研究の整理(熟達化の理論的研究;経験の実践的研究)
第2部 経験学習プロセスの分析(10年ルールの検証;学習を促す経験;学習を方向づける信念;学習を支える組織)
第3部 結論(理論的・実践的な示唆)
付録
経験学習において、どのような条件において人が成長するのかを明らかにした本です。
本書の目的は以下のように説明されています。
すなわち、人が成長するためには、どのような経験を積み、どのような姿勢で学び、どのような組織において活動すればよいのか、という点をあきらかにしたい。これらの点を解明することは、優れた人材を育成するためのマネジメント手法を考える上で役立つと考えられる。
p.7.
分析の視点として、以下の三つが設定されています。
・学習を促す経験の長さと特性
p.8.
・学習を方向づける信念の役割
・学習を支える組織特性
全体として、経験そのものに価値があるか否かではなく、
どういう条件下で経験をすればより効果的かを考察するような内容になっています。そのため、例えば経験の長さにしても、長いとよいこともあるけれど、必ずしも長さではない質も重要となってくる点などが詳述されています。
印象に残った点をメモ。
一点目。
仕事に関する信念に関する考察が興味深かったです。
目標達成志向と顧客志向があり、目標達成志向の信念が高い担当者が、必ずしも良い結果を出すわけではないとされます。とりわけ興味深いのは、顧客志向の信念は、中長期的な成果と関係してくるという点です。
目的達成志向の信念が高い担当者が必ずしも経験学習が高いわけではなかった。つまり、目標達成志向の信念が高い担当者は、初期には先輩や上司から、中期には高度な仕事を達成することを通して学んでいるが、目標達成志向の信念が低い担当者も、職務の広がりや紹介の増大という経験から学んでいた。このことは、目標達成志向の他さが経験学習の質を左右するわけではないことを示している。・・・(中略:斉藤)・・・顧客志向と目標達成志向の信念は、それぞれ異なる働きをしていると言える。すなわち、顧客思考は主に学習促進機能を持ち、担当者の中長期的な成果に関係しているのに対し、目標達成志向は、モチベーション促進機能を持ち、短期的な成果と関係していると考えられる。
p.131.
二点目。
目標達成志向と関連するかもしますが、組織の中での内部競争の果たす役割や是非についても詳しく論じています。端的にいえば、内部競争は「諸刃の剣」や「劇薬」のようなもので、使い方を慎重に選ぶ必要がある。特に怖いなと思ったのは、経験が浅い担当者が内部競争の風土にさらされると、競争に勝つことを重要視するようになり、顧客志向が希薄になることです。
内部競争の風土も目標達成の信念を促進する効果があったが、その効果は、経験が浅い担当者ほど大きく、経験を積んだ担当者ではす小さかった。これは、強固な信念が確立されていない経験の浅い担当者が競争の激しい営業所で働いていると、競争に勝つことや目標と達成することの重要性を実感し、そうした考え方を自身の信念として受け入れるためであると考えられる。経験を積んだ担当者は、目標達成についての信念がすでに形成されているため、周囲の環境による影響を受けないと解釈できる。
p.159.
ここで問題なのは、経験の浅い営業担当者が内部競争の強い営業所で働く顧客志向が弱まるという点である。これは、キャリアの初期段階にある営業担当者が、内部競争を勝ち抜くために売上・利益を追ってしまうと、アウトプットを出すことに注意が向き、顧客志向の重要性に気づきにくくなると解釈できる。
p.160.
ただ一方で、本書では、「組織内における競争が激しいにも関わらず、知識や情報が共有され、新しいアイデアが生み出されている企業」にも注目しており、そういった企業がどのような工夫をしているかについても後半で詳しく述べています。そういう意味では、内部競争の価値を否定するのではなく、目標達成志向と顧客志向を両立するための方法を模索しているという点が実感できます。
私は勉強不足ですが、ここでの両立をめぐる方法論や組織経営のあり方が、今の企業戦略であったり、研究で焦点化されているように感じました。
最後に、プロフェッショナルを育てるために以下のような話が出てきます。
プロフェッショナルを育てたいならば、入社してから10年間は、短期的な成果を追い求めるよりも、濃密な経験を積ませることに重きを置くべきである。そこで得られた知識・スキルは、それ以降の成長の土台となるからである。特に、6~10年目の機関は、仕事の信念が形成され、知識・スキルが自分の身体にしみこんでいく大切な時期である。この時期に、経験学習を促す仕組みを作り上げることで、人材育成の効果を高めることができる。
p.190
全体として、近年の企業教育が、即戦力を求めたり、人材育成にかける時間が少なくなってきたことを問題意識においた研究が紹介されています。
最初の10年間の人材育成の重要性を実感できますし、同時に現実の各業界がそのようになっているのか、不安感を抱いてしまったりもしました。
経験をしたかではなく、その経験をどのように振り返り位置づけ、組織内での個人と集団との関係をどうコーディネートしていくかが重要である。そのようなことを実感させてくれる本でした。