感想メモ

【本】酒井正(2020)『日本のセーフティーネット格差:労働市場の変容と社会保険』慶應義塾大学出版会.

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目次は以下の通りです。

序章 日本の労働市場と社会保険制度との関係
第1章 雇用の流動化が社会保険に突きつける課題1―社会保険料の未納問題
第2章 雇用の流動化が社会保険に突きつける課題2―雇用保険の受給実態
第3章 セーフティーネットとしての両立支援策
第4章 高齢者の就業と社会保険
第5章 社会保険料の「事業主負担」の本当のコスト
第6章 若年層のセーフティーネットを考える―就労支援はセーフティーネットになり得るか
第7章 政策のあり方をめぐって―EBPMは社会保障政策にとって有効か
終章 セーフティーネット機能を維持するために

経済学的な視点から、社会保障政策の分析や提案をしている本です。
様々なデータや先行研究の話が多く出てくるのですが、著者の説明が非常に明快で、読みやすく感じました。

本書の最大の論点は、「非正規を正規雇用へ適用拡大しただけでは必ずしも有効な救済策にならない」としたうえで、「どのようにしたら人々の間に生じたセーフティーネットの「溝」を埋めることができるのか。」(p.ⅴ)という点にあります。
非正規雇用者を正規雇用にしようという主張に対しては、懸念を示しています。
その背景には、非正規雇用をはじめとする現代の社会保障制度のニーズや問題が起こる構造がどこにあるのかを分析し、効果的なアプローチを模索することにあります。

非正規雇用への適用拡大は、ファーストステップではあっても、セーフティーネットを充実させるとは限らない。それにもかかわらず、適用拡大したことで事足れりと認識されてしまう風潮があってはならない。「適用拡大」という事実によって目が覆い隠され、思考停止してしまうことこそが危惧される。序章で紹介したように、社会保障の手厚さは適用の広さによって評価されるのではない。複数の評価軸から社会保障がニーズを満たしているか検討されなければならない。

p.291.

非正規雇用の増加が、人びとの働き方の変化や、日本企業の経営環境や生産構造の変化と言った大きな構造要因に根差すのならば、雇用形態の別をなくすというならまだしも、雇用の正規化という解決策としては本末転倒であるように感じる。

p.45.

このように近年増えているとされる非正規雇用の内実を捉えることは、社会保障制度との関係を考えるうえでも重要である。というのも、非正規雇用としてどのような労働者を想定するかによって、取るべき対策も変わってくるからである。

p.11.

読んでいて印象に残ったことをメモします。

家族を再分配の社会システムの一部として捉えている点です。
「介護の再家族化」(p.172)、保育サービスの「自家生産」(p.282.) などの表現からもそれを感じます。前提として、家族内での過度な負担を強いるような社会保障のシステムには無理があり、適度に社会化していかないといけないという発想があるようには思います。

その他にも、モラルハザードの問題であったり、各制度設計を選んだ時に起こりうる可能性と懸念などを多面的に分析しています。一つ一つの分析結果だけ抜き出すと、肌に合わない感じがするものもあるのですが、一つ一つのデータに対して様々な角度から考察が行われているため、学ぶ点が多かったです。

例えば、一例としては以下の通り。いずれも単体では言われることかもしれませんが、こういった指摘が数々重ねられています。

単身者が増え、家族機能が低下してきているということは、失業時のインフォーマルな保健機能が定価しているということ(p.103.)

就業する女性が増えることは、出生を減らすことになる様にも思えるが、OECD諸国全体では、合計特殊出生率(TFR)と女性の就業率との間に負の相関は見られないことが早い時期から知られていること(p.113.)

日本全体で見た場合、保育園の定員数は実際の利用児童数を常に上回って推移してきており、その意味では定員割れし続けているが、それとは裏腹に、全国での待機児童数は減っていないこと。(p.123.)

若年層における非正規化が進んだが、若年層では、雇用者に占める「通学の傍らに仕事をする者」の割合が高いため、逆年層の非正規化は、その年齢において困窮者が増えているということを即座に意味するわけではないこと。(p.207.)

雇用や教育訓練のセーフティーネットがもたらすモラルハザードの可能性としては、教育投資の抑制が起こる可能性もあること(セーフティーネットが手厚すぎることへの懸念)(p.237.)


また、全体として、データやエビデンスをしっかりと読み取り、行政に情報開示を求められるような、リテラシーや分析力を求めています。

本当に行政の施策を否定するような「都合の悪い」エビデンスであったとしても、野党やマスコミ等の対抗勢力が、エビデンスが何であるかをしっかり理解したうえで、それを請求すれば、行政側も開示を拒み続けることは出来ないだろう。逆に言えば、EBPMが進んでいないのは、エビデンスに関するリテラシー(読解力)が対抗勢力に不足していることにその原因の一端があるのかもしれない。

pp.285-286.

様々な統計データを読み解く意味や強みを感じさせてくれる本です。

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