目次は以下の通りです。
序章 問題の所在
第1章 日本の国民皆保険の構造と意義
第2章 歴史から得られる教訓と示唆
第3章 近未来の人口構造の変容
第4章 人口構造の変容が医療制度に及ぼす影響
第5章 医療政策の理念・課題・手法
第6章 医療提供体制をめぐる課題と展望
第7章 医療保険制度をめぐる政策選択
終章 結論と課題
日本の医療制度の性格を、その歴史に紐解きながら論じた本です。
まず最初に、医療提供制度と医療財政制度を分けたうえで、日本の医療制度が税方式とは異なり両者を接合する仕組み(p.13.)であることが強調されています。
医療制度は、医療サービスの提供に関する制度(医療制度)と医療費用の調達・決算に関する財産)の2つから成る。わが国として社会保険方式を採用している。 けれども、公的に医療保障を行う方式としては、財源を基にして医療サービスを直接提供する方式(いわゆる税方式)もある。実際、英国や北欧諸国ではこのような方式が採られている。それでは、「国民皆保険の堅持」とは社会保険方式を維持することまで含意するのか、それとも税方式でも構わないのか。これが第1の設問の意味であるが、おそらく「そんなことは考えたことがない」というのが大方の回答 だと思われる。 しかし、医療制度の設計上、この2つの方式の違いは重要な意味をもつ。 たとえば、いわゆる税方式では政府が直接医療を提供するので医療提供制度と医療財政制度は一体化している(その意味では直接提供方式と呼ぶ方が本質を表わしている)。これに対し社会保険方式では医療制度は分離するため、両者の接合の仕方が重要問題となる。また、社会保険方式では、被保険者を特定し確実に保険料を徴収することはゆるがせにできない大原則である。
pp.12-13
そして、この仕組みがどのように生まれ変化してきたのか。この点についての歴史的分析が行われています。
結果として、「いま冷静に議論ができるギリギリのタイミング」(p.107.)であることが指摘されるに至ります。
現代の医療制度の分析においても、歴史的な視点は随所に見られます。
そうしたなかで危惧されるのは、 「国民皆保険の堅持」という旗は掲げたまま、給付範囲や給付率の縮減、 地域医療の崩壊が進み、国民皆保険が形骸化することである。違う言い方をすれば、国民皆保険はいわば1973年から1961年に遡る歩みを辿る可能性がある。
pp.24-25.
日本の医療制度は、租税を財源にするイギリス方式や、民間保険中心のアメリカ方式と異なります。とりわけ、社会保険方式の日本のような方式、租税を財源としする政府直接医療提供のイギリス方式、民間保険中心のアメリカ方式の整理をしたうえで、
皆保険、現物給付、フリーアクセス、出来高払いの診療報酬という日本の特徴は、基本的には医療費を膨張させること(p.45.)が指摘されています。
では、なぜこのような難しさがありながら、日本はその制度を選んだのか。以下のように述べられています。
その理由としては次の3つが挙げられる。1つは、自ら保険料を納めることにより将来のリスクに備えるという自立・自助の重要性である。日本は自由経済を標榜する国である。 自由経済の基本は自立・自助であり、医療制度の制度設計は、その基底を成す社会経済の基本原則とできる限り調和させておく方が望ましい。2つ目は、社会保険方式では給付と負担が結びついているため財政の規律性が保たれることである。3つ目は、社会保険方式では保険料の拠出の見返りとして給付が行われるため、税方式に比べ権利性が相対的に強いことである。強調すべきことは、制度の立案者らはこうした社会保険方式の本質を十分理解していたことである。
p49.
このような皆保険制度の課題や論争点の一つは低所得者保障にあります。
国民保険は「国民」を「保険」でカバーする制度であるが、個人の意思や保険料負担能力にかかわりなく「国民皆」を強制加入させることと「保険」主義を貫徹することは 基本的には融合しない。実際、国民皆保険実現の前後にも、低所得者の取扱いをめぐって、その相剋らしきものが窺える。
pp.50-51.
生活保護の受給時点で国民健康保険の適用除外とするよう改正され今日に至っている。要するに、国民皆保険の実現前後(1958年から63年)は、低所得者の取扱いをめぐる国(厚生省)の方針は揺れ動いたのである。これは、行政官の間でも国民皆保険の理 念と保険主義の関係がうまく咀嚼されていなかった証左として興味深い。社会保険方式により国民皆保険を実現するに当たって、低所得者の取扱いはそれほどデリケートな問題であったのである。
pp.52-53.
面白いと思ったのは、被用者保険のカイシャと、国民健康保険のムラに置き換えて説明している点でした。と同時に、そういわれてみると二本立てにした理由が改めて気になる点でもあります。
民間医療保険と異なり公的医療保険では、健康な人から病気がちの人へ所得移転が行われる。また、保険料賦課に当たって応能負担を導入すれば、高所得者から低所得者にも所得移転が行われる。このため、健康な者や高所得者の不満を顕在化させないようにするためには、保険者は共同体意識をもてる集団を単位に組成することが合理的である。わが国は被用者保険と国民健康保険の二本建てにより国民皆保険を達成したが、被用者保険は 「カイシャ」という共同体、国民健康保険は「ムラ」という強固な共同体を基盤に成立したものである。では、国民皆保険の実現の企画段階ではどうか。 国民皆保険という旗印を 掲げるのであれば、保険者を統一した方が公平の理念にかなうという議論が生じても不思議ではない。しかし、国(厚生省)は国民皆保険の制度設計に当たって二本建ての枠組を維持した。
pp.53-54.
同じく、随所に例え話が見られるのも印象的でした。例えば、国保、被用者保険、高齢者保健の例え(p.218.)などがそれにあたります。
これは「年齢で切る」 独立型の制度では不可避的に生じる問題である。 その意味は次の比喩がわかりやすいと思われる。わが国の医療保険制度は、被用者保険という「国」と国民健康保険という「国」の2つの国で成り立っていた。 老人保健制度は両国の「共同管轄地」であり「独立国」ではない。 したが って、15歳以上の者の「国籍」(被保険資格)は被用者保険国または国民健康 保険国のいずれかであり、たとえば被用 者保険の「国民」が15歳に到達しても 「国籍」の離脱が求められたわけではない。 しかし、「共同管轄地」が独立し、 15歳以上の者だけの後期高齢者国が設けられることとなった。これに伴い、15歳 以上の国民健康保険国の「国民」や被用者保険国の「国民」は後期高齢者国に 「国籍変更」が求められることになる。 国が違えば保険料負担のルールは異なる。 たとえば、被用者保険や国民健康保険では保険料の賦課は基本的に世帯単位であるのに対し、後期高齢者医療制度では個人単位である。 また、被用者保険の被保険者本人であれば、傷病手当金の給付対象となるだけでなく、保険料の賦課ベースは賃金であり事業主負担もつく。けれども、後期高齢者医療制度に加入すれば、 傷病手当金の給付対象と ならず保険料の算定方法も変わる。
pp.219-221.
その他、
・印象に残ったのは、医療観・医療モデルの転換を訴えている点でした。具体的には、生活を支える医療、地域の包括的な医療、連携前提。地域包括ケア、在宅医療の必要性について。
・2018年からの運営主体が地方自治体に移行したことを受け、(p.226.)→保険料格差が拡大していく可能性がある点。
・混合診療の是非(p.242.)が歴史的にも何度も再浮上している点。
などもよく分かりました。
歴史的なアプローチから医療制度を理解する意義を、しっかりと感じられる本になっています。