感想メモ

【本】大沼保昭・江川 紹子 (2015)『「歴史認識」とは何か―対立の構図を超えて』中公新書.

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目次は以下の通りです。

第1章 東京裁判―国際社会の「裁き」と日本の受け止め方
第2章 サンフランシスコ平和条約と日韓・日中の「正常化」―戦争と植民地支配の「後始末」
第3章 戦争責任と戦後責任
第4章 慰安婦問題と新たな状況―一九九〇年代から二十一世紀
第5章 二十一世紀世界と「歴史認識」

対談形式ということもあり、全体的に語りかけるような文章が多く、読みやすい内容になっています。

韓国併合、満洲事変、東京裁判、日韓基本条約と日中国交正常化、慰安婦問題に至るまで、歴史的事実が歴史認識問題に転化する経緯、背景を具体的に検証しています。
本書は、1980~90年代に登場した自虐史観批判や東京裁判史観批判のような歴史観に対しては否定的・批判的な態度をとっています。ただ同時に、戦争責任に対して「立派なドイツ、ダメな日本」という見方が正当でないと主張する(p.123.)など、著者の見解が散りばめられており様々な視点から歴史認識問題を考えることが出来ます。
また、印象に残ったのは、今の日本が抱える歴史認識のような問題を、今後の欧米諸国の植民地支配責任の話に広がっていく可能性があるという視点でした。

1970~80年代に人権の意識が高まり、1990年代以降にフェミニズムの力も高まるなかで、過去の条約や法令で決まったことであっても、きわめて深刻な人権侵害があ った場合は、それを重視して被害者救済をすべきだという判例が出てきている。結果として、「条約を結んだあとでその権利侵害にかかわる個人から請求がなされ、それが裁判所で認められると、そもそも条約を結ぶことには どういう意味があるのか、ということになりかねません。このように「人権の主流化」は、あらゆる国々が条約や法令で過去の問題を解決するうえで重大な問題を提起していることになります。」(pp.62.-63.)と述べられています。こういう話を世界規模で見ていったときに見えてくるものも違ってきそうです。大沼さんの話を聞いた江川さんのコメントが印象に残りました。

今は日本ばかりが責められているように感じているかもしれないけれど、侵略や植民地支 配を行ってきたのは日本だけではない。アジアやアフリカの諸国が経済的に発展していけば、 欧米諸国も同じように、過去の侵略や支配の責任を問われる事態がありうる、という話は、 とりわけ示唆的だった。そう考えると、日本は高齢化だけでなく、 「歴史認識」をめぐっても、世界のトップランナーといえるだろう。だからこそ、私たちはどのようにふるまうかを 考えなければならない。そんな話に、目から鱗が落ちる思いだった。「歴史認識」を問い直すことは、他国とのつきあいをうまくやるためではなく、日本がどういう国であろうとするのか、つまりは日本の国柄”を考えるために大切なのだ。過去を振り返るためというより、将来の日本のありようを決めていく土台として、「歴史認識」は重要なのだ。にもかかわらず、私たちは、国の外から聞こえてくる声に、少し翻弄されすぎているかもしれない。

p.232.

二点目。慰安婦問題に関して、アジア女性基金を作ったことを本書の著者は高く評価しています。と同時に、それがうまく機能しなかった理由として、韓国メディア(日本のメディアも)の問題性を指摘しています。

慰安婦問題で日本はアジア女性基金をつくり、多くの人が真剣にこの問題を考え、心からお詫びをしようと努力しました。しかし残念なことに、そうした気持ちや努力は韓国でほとんど評価されなかった。そこには反日感情をあおった韓国メディアの問題性がありました。

p.131.

これに関連して、「日本政府とアジア女性基金の広報能力の低さ」(p.160.)や、メディアや社会運動家、NGOの影響力や権力性への自覚の乏しさ(pp.212-213.) を指摘してもいます。政策の良し悪しが単に中身だけで決まらない例とも言えそうですが、ここら辺の著者の評価については、他の本も参照しながら吟味を重ねていきたいところです。

その他、東京裁判の是非について、1980年代頃になって、一部の人が声高に「東京裁判史観」批判をするようになったこと(p.19.)。1980~90年代頃に「右寄り」の思想や運動が準備がされていく中で、教科書への文部省の「歯止め」だったはずの検定制度に、諸外国と国内の強い批判の結果「近隣諸国条項」ができたことは、「反左翼」「反日教組」の人々にはショックだったこと(pp.88-89.)。なども色々と参考になりました。

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