感想メモ

【本】南川文里(2021)『未完の多文化主義―アメリカにおける人種、国家、多様性―』東京大学出版会.

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目次は以下の通りです。

序 章 多文化主義が終わる時代に?
第I部 多文化主義への社会学的アプローチ
第1章 多文化主義の社会学――アメリカ型多文化主義を考える視座
第II部 アメリカ型多文化主義の成立
第2章 人種リベラリズムと公民権――アメリカ多元主義と非差別政策の系譜
第3章 非差別と平等のための積極的措置――連邦政府と公民権改革
第4章 人種を数える――連邦政府における人種とエスニシティの標準化
第5章 中立性規範と多様性規範――バッキ裁判とアメリカ型多文化主義の転換点
第III部 多様性規範と反多文化主義の時代
第6章 多文化教育における包摂と多様性――ニューヨーク州教育改革を事例に
第7章 反多文化主義の住民運動――カリフォルニア州における中立性規範と人種政治
第8章 多人種主義の挑戦――人種エスニック五角形の危機と再編
第9章 多様性への多文化主義――オバマ現象/トランプ現象への水脈
終 章 「未完のプロジェクト」のゆくえ

アメリカ合衆国の20世紀後半から21世紀にかけて、多文化主義が何を意味し、どのように変容してきたのかを問うた本です。とりわけ、現代のトランプ現象に関わるような反人種主義的な現象や多文化主義の「後退」の議論を、単なる一過性のものではなく、歴史的に生み出されたものだという立場をとり、論証を重ねています。

アメリカ合衆国の多文化主義の歴史的変容を見てきた本書の視点が重視したいのは、1960年代以降のアメリカ型多文化主義が積み重ねてきた変化の蓄積が、21世紀はじめの人種政治の変動を規定しているのではないかという歴史者社会学的な問いである。

p.263.

多文化主義の裏側で常に反多文化主義が存在してきたことを考慮すれば、トランプ現象を、2010年代になってから突然現れた多文化主義へのバックラッシュと考えるのは短絡的である。本書は、トランプ現象を、反多文化主義を取り込みながら変容を続けてきたアメリカ型多文化主義の一つの「帰結」として考えたい。          

p.283 .

本書では、1960年代に登場した公民権運動に基づいたアメリカ型多文化主義の基本枠組みが、関係者がその意味を追究したり、反対勢力からの抵抗にあう中で、どのように変容していったのかを複数の論点から考察しています。

その際に印象に残ったのは、積極的措置の導入過程にせよ、NY州の多文化教育論争にせよ、二項対立的な論争がなされているわけではなく、複数の立場の妥協や調整によって政策が生み出されていったプロセスが描かれている点です。同時に、導入当初のプロセスを歴史的に追うことで、例えば積極的措置一つにしても、単純化できない議論がなされていたことを浮き彫りにしています。

1960年代後半の公民権改革は、制度的人種主義に対峙する非差別政策の内側で、その理念、方法、形式における質的な転換をもたらした。それは「クオータ制度の導入」のように単純化できるものではなく、公民権法の理念を制度的人種主義への問題枠組のもとで再解釈し、個人の意図や行動よりも統計的に顕現する差別のパターンを解析し、地域社会の構造的制約の中で差別的雇用を打破しようとする試みの蓄積であった。     

p.95 .

また、反多文化主義の政治文化が、1960年代以降に少しずつ形成されていったことを示してもいます。

バッキ判決で可視化された中立性規範や多様性規範などに関係者が応答しようとする中で、多文化主義を「内側から脆弱化させた」(p.221.)とさせていく様子が示されています。多人種主義の議論も、当初に主張した多人種主義団体の意図と、多文化主義的な運動・政策を終わらせようとする保守政治家たちが多人種主義を支持する見解とが大きく異なっていた点なども印象に残りました。

1990年代末から21世紀末にかけて、アメリカにおける制度的な多文化主義は、歴史的人種主義の蓄積を決定的な問題として見据えた社会観から、個人間の多様性の実現を第一の目標として歴史の蓄積とは距離を取る社会観へと移行したと言える。本書では、多様性規範を第一原理として成立する多文化主義の類型を「多様性への多文化主義」と呼ぶ。       

p.268.

その際に、「多様性への多文化主義は、1960年代以降の多文化主義政策の帰結として成立しつつ、それを成り立たせてきた論理を内側から解体しようとしている。」(p.270.)と述べるなど、「多様性」の語の意味を改めて考えさせられます。

また、この一連の変化を、本書では多文化主義の歴史的関心や歴史性を失ったに焦点化しています。個人的には、市民運動の歴史性を重視すべき意味や、それを失うことによって起こる帰結を示されているように感じました。

21世紀において「後退」したのは、1960年代以降に確立されてきた多文化主義の政策枠組ではない。むしろ、多様性規範によって維持されてきた多文化主義から、多文化主義成立時の歴史的な問題関心であったはずの公民権と反人種主義への指向が抜け落ちてしまったことこそが問題なのである。  

p.292.

本書の考察が示していることは、多文化主義をめぐる論争とは、アメリカ社会の中心的な価値をめぐる議論であったと同時に、人種主義の歴史性に対する態度を問うものであったという点である。

p.301.

同時に、2000年代以降の多様性規範の語りが、多様性確保による組織内のパフォーマンス改善として語られたとされるあたり、多様性の語の用いられ方を慎重に吟味しないといけない理由を実感しました。

歴史的なアプローチをとる意義を実感できて、大変勉強になりました。

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