感想メモ

【本】梅野正信(2004)『社会科歴史教科書成立史-占領期を中心に―』日本図書センター.

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目次は以下の通りです。

第1章 研究の課題と構成
第2章 敗戦直後における通史的歴史教科書の改訂
第3章 文部省による「社会科としての歴史教科書」の編纂
第4章 中等国史教科書編纂委員会「英文原稿」における歴史記述の特色
第5章 中等国史教科書編纂委員会「英文原稿」にみる社会科的特性の反映
第6章 新制中学校社会科歴史検定教科書の登場
第7章 本研究の総括

戦後1945年以降から1952年にかけての、中学校社会科の歴史教科書の編纂過程やそれに関わる論争や、関係者の考え方などについて、詳細に検討がなされています。
その際に、中学校の歴史教科書に注目する理由について以下のように述べられています。

周知のごとく、1947年3月に公表された学習指導要領において、社会科に統合される可能性があった国史は、1946年9月段階での文部省・CIE間の合意により、新制中学校2・3年段階で社会科とは別枠に設定された。また、その後も、酷使の学習指導要領は公表されず、教科書も発行されないまま、1952年版学習指導要領と検定教科書へと移行した。そして、前述した通り、その間、歴史教育をめぐる議論は、主に新制中学校の社会科および国史を念頭に、とりわけ、教科書作成作業を通して行われていた。             

p.11.

『くにのあゆみ』の登場とそれへの批判、中等国史教科書編纂委員会の編纂作業の過程、中等国史教科書編纂委員会の英文原稿“Textbook of Japanese History in the Lower Secondary School”の内容、社会科歴史への批判とその後の逆コースへの動きなど、戦後直後の歴史教育の流れを知るうえでの論点が豊富に分かりやすく提示されており、非常に参考となります。

一番印象に残ったのが、教科書分析および編纂過程の分析を中心としている本書の中で、社会科歴史を取り巻く論争の縮図が分かりやすく浮かび上がっている点でした。とりわけ、「四面楚歌の社会科歴史」という表現が出て来るのですが、様々な批判に理論的にもさらされていくのが印象的でした。

戦後の歴史教育の出発点にあたって、日本の歴史学会の大勢は、社会科が持つ新しい学問観を受容することなく、結果的に社会科は旧来の学問勘と対立した形のまま新しい教育の実際を開始せざるを得なかったのである。このような中で、中等国史教科書編纂委員会は、歴史学における諸潮流間の、また、歴史学と社会科との間の、二重の意味での、戦後初めての本格的な合流点となったのである。

pp.104-105.            

社会科歴史は、中等国史教科書編纂委員会の討議において、系統的な歴史学習を主張するマルクス主義史学、戦後実証主義の学者たちと、社会科的な経験学習、問題解決学習を導入しようとした文部省の勝田守一や、CIEの係官オズボーンらとのせめぎあいの中にあって、和歌森太郎によって構想され、具体的に提示された、新しい歴史学習論なのであった。   

p.265.

関連して、少なくとも「暫定歴史教科書編纂方針大綱」までは、軍国主義と切り離した形で皇国史観の骨格部分を残存させようとする意向が、文部省側の歴史教科書構想に強く働いていたこと(p.29)や、『くにのあゆみ』の編纂に関わった歴史実証主義史学の潮流は、マルクス主義史学にだけでなく、戦前期官製史学に対して、警戒感を抱くようになっていく過程(p.321.)なども印象的でした。    

また、社会科歴史の特徴についても、教科書や学習指導要領を通して、具体的に示されています。特に、中等国史教科書編纂委員会による「英文原稿」の導入単元が、その後の1952年度から使用された最初の中学校社会科歴史検定教科書で多く見られ、1958年版の学習指導要領に基づく教科書以降、ほとんどみられなくなっていく点(p.197.)など改めて考えさせられます。       

そして、和歌森太郎氏の社会科歴史論への貢献と、その途中での苦悩が強烈に印象に残りました。
特に考えさせられたのは、和歌森氏が柳田國男氏の主張する現在から過去へとたどっていくような歴史学習の方法に対して躊躇いを見せつつ、独自の論をくみ上げていくプロセスでした。

和歌森は、民俗学の研究方法である倒斜法が、一般社会科においてはともかく、歴史教育においては、いささか無理のあることに気づいていた。・・・(中略:斉藤)・・・そこで「民俗学の方の倒斜法とはべつですけれど」とことわりながら、和歌森が提案した方法は、「封建時代にいきなり飛び込むのではなしに、現在を下地において」現代的な問題から導入をはかって歴史的時代の理解に入っていくというものである。        

pp.241-242.

同時に、和歌森氏の提案が具体的であったからこそ、「数多くの提案・具体的成果は、新教育批判が社会科批判へ、社会科批判が歴史教育批判へとむけられた時、この批判を真正面から受けることになった」(p.249.)点や、最終的に1956年の『中学校学習指導要領社会科編』の改訂によって、和歌森氏の構想が完全に否定されていく過程(p.265.)なども詳しく示されています。

個人的には、本書に書かれている内容が、歴史教育の中の特有の議論というよりも、社会科教育が持つ性格の論争性や社会からの批判の縮図として読めるように思いました。現代的な示唆も多いように感じました。

大変勉強になりました。

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