感想メモ

【本】岩田正美(2021)『生活保護解体論』岩波書店.

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目次は以下の通りです。

序章 解体でみえる、最低生活保障の新たなかたち
第I章 生活保護という不思議な世界
第II章 国民皆保険・皆年金体制のなかの「低所得者対策」──もうひとつの「社会扶助」
第III章 解体・編みなおしの戦略と指針──「原理問題」を整理する
第IV章 提案 どう解体し、どう溶け込ませるか
終章 生活の「最低限」をどう決める

生活保護を「解体する」と聞くとドキッとしてしまいますが、
本書で提案されているのは、時代に合わなくなった生活保護制度を「編み直す」「作り変える」必要性についてです。

読み進める中で、(私の不勉強が理由で)、十分理解しきれているかは心もとないのですが、読んだメモを一部記載しておきます。

一点目
国民皆保険皆年金制度について、保険と扶助の教科書的な「原理」の理解に基づいて論じるべきではない、という点が指摘されています。いずれも、「共有財源」であるという点が特徴かなと思いました。
全体を読んでいて「通俗的な理解の限界」と「共通財源」という視点がポイントになることは実感できました。

つまり、日本の国民皆保険皆年金は、その対象を保険料支払いの困難な層までひろげて、「国民のすべて」への普遍主義を徹底させようとしたため、保険料を払えない層を、制度の中で選別的に救済する手法をインプットせざるを得なくなったわけですね。これは、第Ⅱ省で繰り返し指摘したように、保険と扶助の教科書的・通俗的「原理」に当てはめれば、大きな矛盾をはらんでいます。しかし、税も保険料も同じ共同財源であり、すべて国民のお金で国民を支えるシステムという、正義の原理から言えば、この「低所得者対策」は結構いい線を言っていたのかもしれません。

p.174 .

社会扶助は、貧困の解決のために、もっと使えるように、社会保険や社会手当と組み合わせて、柔軟に配置した方がよいのです。そうしてはじめて社会保障が成り立つのだ、と考えてみてはどうかと提案したつもりです。また、生活保護を「公助」の代表のように扱うのもおかしいと多くの人に気づいてほしいと思います。生活保護は「お上」が貧しい人に与えるものではありません。私たちの「共同財源」から分配されるものであって、その分配や基準や条件は、私たちが決めるべきなのです。             

p.294-295.

二点目
「生活保護制度を利用するライン」の捉え方について、とても丁寧に説明がなされています。とりわけ、著者は「最後のセーフティネット」としての生活保護の位置づけが強調される現状に強く反論しており、このことが後半の提案に直結していきます。

第一に、生活保護は、「何もかも失った困窮層」が「万策尽きて」利用する「最後のセーフティネット」という位置づけで来ていますが、社会扶助がすべてそのような位置づけである必要はありません。繰り返し述べているように、社会扶助は、社会保険などの手法では最低生活が維持できない「今、貧困である」ことへの対応であって、かならずしも「最後」を強調する必要は無いのです。

p.23.

ただ現状では、以下のようになっている。ここに大きな問題性を指摘しています。

あらゆる手立てを使って生活を支えようともがいて、もはや手持ち金が生活保護基準の半分月ほどしかないところまで追いつめられてはじめて生活保護にたどりついた、というような、「すっからかん」の要保護者像を前提にしたところから編み出された手法です。

p.157.

三点目
それを防ぐために、生活保護が複雑に組み合わされた仕組みを切り分けて、「一括でなくとも、部分的に対応で切る制度を設計しておいた方が良い」(p.157.)と著者は述べています。
後半の具体的な提案では、生活保護を8種類の視点で捉えつつ、それぞれの扶助を個別的・柔軟性に対応すべきと提起がなされています。

四点目
生活保護制度や貧困問題に関する歴史的背景について詳しく説明がなされています。
例えば、生活保護の受給者の変化に関して「今日にいたる保護率上昇の基底にあるのは、言われているような稼働層ではなく、特に女性が多い単身高齢世帯なのです。」(p.14.)の指摘や、とりわけ68%近くの人が補足されていない(p.20 .)という指摘、「そもそも国民年金は、無拠出の年金として提案されていたのです。」(p.120.)という点などは印象に残りました。

五点目
生活保護の基準設定が様々な要因ゆえに、現場の裁量的判断が大きくなっていることは理解できました。理念と実態の差や、様々な現実的な配慮なども含みながら、裁量の部分もあったと理解したのですが、結果として、それが「肝心の生活最低保障は「たんなる経済給付」とか「機械的な一律給付」と解説され、その意義がゆがめられてしまった」(p.91.)という指摘へとつながった点も印象に残りました。

その他、外国籍の人々を「法を準用して」保護することの課題(p.43.)であったり、既存の制度にどうやって、新たな試みを「溶け込ませる」かという著者の試みとしての視点(pp.158-159.)なども印象に残りました。   

最後に、本書の途中で、英国の社会政策学者ジョン・ヒルズ氏が書いた著書の紹介がなされているのですが、以下にある「「異なった世代のわれわれ」を助けているにすぎない」という話が、とても興味深く感じられ、大切にしたい視点だと思いました。

これは、中流の「われわれ」と、扶助に依存するとされている低所得の「かれら」を区別しようとする福祉の神話へ挑戦した良書です。英国福祉国家が「かれら」に「たかられている」かどうかを、中流家庭と低所得家庭の三台にわたる世代交代を含んだモデルをつくり、福祉国家へ払った税や保険料と、福祉国家から得た給付の総額を「事実」に基づいて推計し、比較しています。その結果、「われわれ」と「かれら」がいるのであなく、「良いときもあるし、悪いときもある」人生の中で、あるいは世代交代の中で、「われわれ」は「われわれ」や子孫など「異なった世代のわれわれ」を助けているにすぎないと述べています。

p.165.

「最低生活保障」や「あってはならない状況をなくすこと」について、これからも考えていきたい。そう思わせてくれる本です。

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