感想メモ

【本】木村博一(2006)『日本社会科の成立理念とカリキュラム構造』風間書房.

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目次は以下の通りです。

まえがき
序 章 本研究の目的・意義・方法
第1章 「昭和22年版社会科学習指導要領」の全体像
第2章 「昭和22年版社会科学習指導要領」のカリキュラムの全体構成
第3章 「昭和22年版社会科学習指導要領」のモデルとされたアメリカ各州のカリキュラムの分析的検討
第4章 「昭和22年版社会科学習指導要領」の編成過程―各学年のカリキュラム編成を中心として―
第5章 「昭和22年版社会科学習指導要領」の総合社会科カリキュラムとしての特質
第6章 「民主主義」を教えるカリキュラムとしての「昭和22年版社会科学習指導要領」の戦後日本的特質―社会科教育における戦前からの「連続」と「断絶」―
第7章 「昭和22年版社会科学習指導要領」の学力構造と理論構成
終 章 昭和22年版社会科カリキュラムの到達点と歴史的評価
付 録 資料及び主要参考文献
    我が国における社会科カリキュラム成立史年表
あとがき

社会科教育史を志す人が読むと、もう尊敬と憧れが募るばかり。
本書が放つ迫力と熱量は圧倒的なものがあります。
私などがコメントする話ではないのですが、久しぶりに通読する機会があったので少しだけメモをしておきます。

本書の目的は以下のように書かれています。
日米の両方に視点を置きながら、昭和22年版の学習指導要領を初等・中等ともに分析することが述べられています。

本研究は、日米の第一次資料を踏まえて、わが国最初の者閣下学習指導要領として1947(昭和22)年に発行された小学校用の『学習指導要領社会科編Ⅰ(試案)』及び中学校第1学年~高等学校第1学年用の『学習指導要領社会科編Ⅱ(試案)』(以下、それぞれ『要領Ⅰ』『要領Ⅱ』と略記する。ただし、両者を指す場合は「昭和22年版社会科学習指導要領」と記す。)を対象として、上記の課題を実証的かつ総合的に究明することを目的とする。            

p.1.

本書を読んで改めて感じることは、歴史研究における教科教育研究としての役割やその意義でした。その強みを実感させてくれます。
緻密な実証のアプローチを採りつつ、他方でカリキュラムの「原理」を抽出し分析していくアプローチを採る。その両者が完全に切り離されることなく、繋がりながら論じられていく。以下の文章などはそのこだわりを感じさせる一文です。

けれども、教科として社会科を成り立たせるためには、社会科のカリキュラム構成は欠くことのできない重要な柱の一つである。「社会生活の理解」を深めることを教科原理の核心におくのであれば、どのような問題を取り上げて、どのように配列していくのかというカリキュラム構造論が構築されていなければ、「社会生活の理解」の体系性が失われてしまうだけでなく、「社会生活の理解」を十分に深化させることができないままで学習が終止符を打つことにもなりかねないからである。したがって、あくまでも「参考資料に過ぎない」という相対的に軽い位置づけを与えられていたとしても、「昭和22年版社会科学習指導要領」に例示された社会科カリキュラムは、きわめて重要な意義を果たしていることになる。すなわち、社会科のカリキュラムが例示されることなしに、社会科の成立はあり得なかったと言っても過言ではないのである。        

p.76 .

また、本書を読んで、改めて、戦後初期の社会科学習指導要領の作成が、とてつもなく過酷なスケジュールでなされてきたことがよく分かります(たとえば、「勝田を委員長とする中等社会科委員会が如何に過酷なスケジュールをこなしていたのかが分かる。」(p.313.)など)。と同時に、『要領Ⅰ』『要領Ⅱ』ともに、作成関係者の情熱的な気持ちや、作成に当たっての苦悩などが、読者目線でも鮮明に伝わってくるのは、著者の論証力や表現力のなせるわざなのだと思われます。    

また、本書では、戦後初期社会科、とりわけ昭和22年版の定説に対して、様々な反論をしていきます。本当にいくつも反論していて、その論証過程がスリリングです。例えば、初期社会科が押しつけだったという定説への反論であったり(p.201.)、『要領Ⅱ』がミズーリプランに倣って作られたという定説への反論であったり(p.270)、様々に論が展開されています。

その上で本書で一番印象に残るのは、『要領Ⅰ』『要領Ⅱ』の両方において、矛盾や相いれないものを内包するような状況があったことを示している点です。それはある意味で、戦後初期社会科を美化する従来の議論への批判でもあるのですが、一方で、昭和22年版の内容が不十分だったという話だけではなく、社会科のカリキュラム開発に関わる、本質的な論点をいくつも浮き彫りにさせているように感じました。

個人的には、『要領Ⅰ』に関する以下の文章の「たとえ矛盾を抱え込んでいたとしても、双方を両立させて進めていく以外に道は無い」という話が象徴的に感じました。

重松と上田が、基本的矛盾を内包しているという意識を自らもちながらも、既存の非民主的な日本型協同社会への適応をねらいとする儒教道徳的な生活指導と戦後の民主主義社会の建設という二つの原理を、あえて併存させたことも事実である。・・・(中略:斉藤)・・・ここに示されているのは、たとえ矛盾を抱え込んでいたとしても、双方を両立させて進めていく以外に道は無いのであり、社会科という教科は、そのためにこそ存在するという重松の考え方である。     

p.455.

「重松ら初等社会科委員会の基本的な方針は、民主主義社会を建設していくことのできる人間を育成する前提として、まず既存の社会生活に適応できるように道徳教育を重視することにあったのである。」(p.548.)という点も関連すると思われます。

『要領Ⅱ』の矛盾は、『要領Ⅰ』とはまた異なった、さらに過酷な苦悩を内包するものだったという点が、主に勝田の視点から描かれているように思いました。

以上の考察により、『要領Ⅱ』のカリキュラムは、伝統的な地理・歴史・公民といった諸教科を合わせたものと考える「分化」型社会科観と、占領国アメリカの影響による「総合」型社会科観(機能主義的なカリキュラム構成とプラグマティックな単元構成)が複雑に組み合わされた構造になっていたと結論することができる。日本の中等社会科カリキュラムの原型は、ここに成立した。しかし、それは純粋に総合社会科と評価できるカリキュラムと単元構成を持ち合わせたものではなく、様々な矛盾や問題点を抱えていたのであり、勝田が追い求めていた社会科の理想には遠く及ばない苦汁に満ちた試案としてスタートせざるを得なかったのである。

p.350.

その他、自主裁量を重視した「昭和22年版社会科学習指導要領」が、「諸刃の剣の役割」を果たしたという点(p.515.)や、上田薫の「方法論的アプローチ」と同様の課題に「総合的な学習の時間」が直面することは十分に想定されるという点(p.560 .)なども印象に残ります。      

いずれにしても、読み応えがある、というレベルを完全に超えて、研究としての熱量もさることながら、読み物としても大変面白く、本当に勉強になります。

ただただ憧れます。自分も研究頑張ろう。。

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