読書メモ

【本】西尾理(2021)『公民科授業実践の記録』学文社.

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目次は以下の通りです。

序章 教材づくりの手法と目標
第1章 環境1 水俣病の授業実践―差別問題に切り込む
第2章 環境2 森田三郎の生き方から環境問題を考える
第3章 経済 会社ってなんだ? ―企業について考える―
第4章 政治 田中角栄と戦後政治 ―政治教育の試み―
第5章 心理 精神分析入門―自分を知るとは?
第6章 倫理「死後生」と「輪廻転生」から生の意味を考える

具体的な教材研究に対するスタンスと、具体的な授業記録が豊富に示されており、大変参考になります。
序章では著者の教材開発・研究のスタンスが詳細に書かれており、第1~6章では具体的な教材やその記録が掲載されています。

その立場性が一番はっきりと表れているのが、以下の文章のように思いました。

では、深い教材開発、教材研究のためにやることは何か。前提は、教科書、指導書、資料集などの副教材を読み込むことだが、それを土台にして単元に必要な書物(教養書、専門書)を読むことに尽きる。最低1~3冊は読む。体系書、理論書はもとより、教材に使えそうな事例が豊富な書物を読む。評判の良かった授業は、来年も行うが、そのためにさらに関連した書物を読む。それを10年ほど続けたならば、その単元に関してかなりの専門的知識が身に着く。そうすると、授業の導入での問題提起、授業展開、問いもこうした教材研究で変わっていく。10の知識では、5の授業しかできないが、20の知識まで深まると10の授業になっていく。例えば問いは、曖昧模糊とした問いしか出来ないが、絞られ、焦点が定まった問いに変わっていくことができる。そうした問いが授業展開にも影響をあたえる。           

p.3.

徹底的に書物を読み、教材研究を進める中で授業に深みが出てくる、ということだと理解しました。
この発想に至るまでの斎藤喜博と林竹二の授業論から学び得た考えや、「勉強のできない生徒ほど深い授業が必要だ」「この場合の深い授業とはどんなことかというと、知識の量や概念の抽象度ではなく、知識は絞り込むだけ絞り込んで焦点化する。抽象度の高い概念は取り去って、日常語で―冗長になってもよいので―説明する」(p.2.)という話もとても参考になります。

また、発問の議論に関しても、様々な発問の種類を挙げつつ、 「ただし、このような発問が実際の授業でできるようになるには、3で述べたように教材の内容に関する深い知識が必要になってくる。特に高校の場合がそうである。」(p.5.)などと述べる点も、一貫しているように思いました。

5ページに著者の教材開発、授業のスタンスが六点挙げられています。
その中で、私は④と⑥の内容が特に印象に残りました。

④予習・復習を前提にしない授業
⑥プリントを常時作成し、それを教科書ノートの代わりとする。:このプリントをシナリオ形式にして、出来る限り、一時間で完結しながら連続する物語とすることを意識した。そうすれば、休みがちな生徒も対応できるし、プリントを物語として流れを理解してしまえば、テスト対策にもなるように工夫した。

p.5.

私自身、卓越した授業をされる先生方の授業を見るとき、こういった場面に何度か見てきた気がします。それらの先生方が、低学力の子どもたちにも、進学校でも授業の本質は一緒、と言っているのも共通していたことを思い出します。

最近は、単元の繋がりやプロジェクト的な学習を推進する声も多い気がしますが、(もちろん著者も単元の流れはとても大切にしていますが)一時間一時間の授業の完結性も同時に追究する。だからこそ、一時間一時間で扱う素材の徹底的な教材研究が必要になる。文脈的な要素に影響は受けると思いますが、授業スタイルの一つのあり方として、とても共感しました。

その他、新聞を高校生が自力で読むのが困難な理由が、政治報道が政局報道になっているという点(p.101.)や、人物学習の効果を生かした授業をされている点(2章・4章)も印象に残りました。また、リアリティある倫理の実践記録を残されている点(5章・6章)も、大変参考になりました。 

授業作りの基盤となるコンテンツ(教育内容)への理解、教材研究の厚みが重要であるという点を実感できる本です。      

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