読書メモ

【本】齋藤ひろみ・池上摩希子・近田由紀子(2014)『外国人児童生徒の学びを創る授業実践-「ことばと教科の力」を育む浜松の取り組み―』くろしお出版.

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目次は以下の通りです。

第1部 浜松市の外国人児童生徒教育の現在
 第1章 浜松市の外国人児童生徒をとりまく状況
 第2章 日本語教室における外国人児童生徒の学習支援─第2部の授業実践を読み解くために─
第2部 実践事例─「ことばと教科の力」を育む授業─
 第3章 子どもたちの「学習への興味関心」を喚起する
 第4章 子どもたちの「思考・判断」を促す仕掛けをつくる
 第5章 子どもたちの「理解・表現」を支援する
 第6章 子どもたちの「関係性を広げる」学びの場をつくる
第3部 インタビュー─学校と地域支援とのつながりと広がり─

浜松市での具体的な状況や、クラスでの外国人児童生徒(本書の語を踏襲します)の状況、それに対する授業方法の具体などが分かりやすく説明されています。
本書の目的に近い話が、「おわりに」に掲載されていました。
      

各校で担当者が個々ばらばらに模索する時代から、地域の教員・支援者が課題を共有し実践をする時代になりました。しかし、全国的な傾向と同様に、同じ地域にありながら各学校の状況は実に多様でした。また、外国人児童生徒教育担当者の半数以上は1年ごとに変わります。実践記録はあるものの、それらの実践を丁寧に読み解き学び合い、地域で積み上げていく難しさがあったのです。そのような中、教員の授業実践を、研究者が理論的な枠組みをもとにその価値や意義を読み解くという作業を本書では試みました。これにより個別であった実践が、あるまとまりをもって般化され、他者への示唆として意味を持つことができたのではないかと考えます。

p.251.

「第1部 浜松市の外国人児童生徒教育の現在」では、初学者である自分にとって、押さえるべき点が豊富に記載されていて、大変助かりました。

本書によると、浜松市は、「外国人の児童生徒が全児童生徒数の1割から2割を占める小中学校もある一方で、少人数在籍校が市内広域に点在している」(p.17.)とされます。

また、「バイリンガル支援者の学校派遣」「相談員の学校訪問」「NPO法人への委託事業」など(pp.18-19.)を組み合わせる取り組みや、「サバイバル日本語」「初級日本語」「JSL教科志向型(教科と日本語の統合学習)」「取り出し教科指導(教科の補習)」の段階的な指導(pp.42-43.)についても説明がなされています。  

本書の理論的な立場や考え方についても示されています。一部だけ示しておきます。

社会化のプロセスにおいて、子どもたちの言葉の力は、他者との関係を築き文化間の差異を調整する力として、社会を批判的に読み解くための力として、アイデンティティの形成や自己実現のための力として機能する。こうした力として日本語の力を育むには、日本語の習得とともに子どもたちがこれまでに家族とともに母国・地域で形成してきた関係性を維持し、培ってきた力や経験を積極的に意味づけ、継続的に伸ばすことも必要である。さらに、かれらのもう一方の言語・文化である母語・母文化を重視し、公的場面において価値付与することを併行して行うことが日本語教育には期待される。     

pp.33-34.

学習活動に参加するための日本語の力を育む方法として、「内容重視(Content-Based)の言語教育」の考え方を紹介する。外国人児童生徒に対しては、4-1で述べたような日本語の力を育み、教科等の学習に日本語で参加できるようにすることが重要な課題である。しかし、教科に関わる語彙や表現をその学習場面から切り離して、意味を説明し、覚えさせようとしても効果は高まらない。子どもの場合、そのようにして学んだ知識や技能を、教科の内容や場面に応用できるとは限らないからである。・・・(中略:斉藤)・・・そのため、学習内容や場面と結びつけながら言葉を聞き、使い、経験的に学べるようにすることが大事である。  

pp.47-48.


印象に残った点をメモしておきます。

一点目
授業を受ける外国人児童生徒の背景、授業時に抱きやすい感覚などについて、様々に説明がなされています。
全体を通して「日本語を学んでいる子どもたちは、「母語ならなんでもないことなのに、日本語では理解も表現も思い通りにならない」という歯がゆさを感じている。」(p.144.)といわれるように、生徒がストレスや葛藤を抱える状況が、本書を読んでいても感じられます。それらは授業のふとした場面にも見え隠れしています。例えば、

授業中、教師はよく「なぜ、どうして?」「何に気づいた?」「あなたの考えは?」と子どもたちに質問する。それは試行を促すうえでは欠かせない問いである。しかし、日本語を学んでいる外国人児童生徒にとっては、考える手掛かりや表現のヒントがないため、この問いに応じることは難しい。           

p.112.

だからこそ、どうすべきか、という具体的な授業の話が述べられています。

二点目
2章から6章までの事例と、そのまとめの説明の組み合わせがうまく関連づいていて、読者目線で、各授業実践の意義を位置づけを確認しながら読めました。
ワークシートの作り込みや、段階的でわかりやすい読解の仕方、母語を使う場面の選び方、表現に至るまでの段階的な支援など、様々な「わざ」がまさに「一般化されて」説明されているのが印象に残ります。

三点目
第三部に出てくる関係者のインタビュー内容に心動かされる点が多かったです。全体的にどのインタビューも読みごたえがあり、これまで各人がどのように悩み進んでこられたのかが感じられました。

個人的には、取り出し指導を受ける教室が「子どもたちにとっては、落ち着きの持てる場、癒しの場だ」(p.193.)と言っていた場面が印象に残ります。在籍学級と取り出し指導を受ける教室では、気持ちの状態や学び方も大きく変わってきてしまう、ということを再認識させられました。

全体を通して、外国人児童生徒の皆さんが授業に向かう上でのハードルの高さを感じる場面が多く、改めて深刻に考えさせられたのですが、次のエピソードに何か象徴されているような気もしました。

放課後支援の教室でのことですが、「勉強はやりたくない」の一点張りで、寝転んでしまう子どもがいました。いきなり課題をさせようとしても放り投げてしまうとわかったので、その子に、個人的な事柄について問いかけてみました。「大きくなったら何になりたい」「ずっと日本にいるの」「休みの日は何をしているの」というように。すると、その子は「警察官になりたい」「中学校だけでなく高校も日本の学校に行きたい」「休みの日は教会に行ってお祈りをする」「家族でレストランにも行った」などと話し始め、自分の事を話し終えると、少しずつ勉強に取り組み始めました。自分のことに関心をもち、親身になって聞いてくれる人の存在に安心したのだろうと思います。             

p.238.

外国人児童生徒を取り巻く背景や、そこでの学びや、授業にあり方について、
様々に学ぶことができる本だと感じました。

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