感想メモ

【洋書メモ】Gerald F. Moran and Maris A. Vinovskis. (2008). Literacy, Common School, and High School in Colonial and Antebellum America

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以下の本の中の第2章(pp.15-46)です。

William J. Reese and John L. Rury. (2008). Rethinking the History of American Education. Macmillan.

読後メモ(メモなので、誤読もあると思います)

・1960年代の研究者が登場して以降、初期の親、教会、学校の役割などについても広く語られてきた。
・ただ、植民地時代やアンテベラム期に注目すると、アメリカ教育史の捉え方が、少し変わってくる。

・植民地時代の人々の識字に注目する。

・ベイリンの研究以後は、宗教や教会、コミュニティの役割、社会文化的な側面の重要性が提起されるようになった。
・ただ、近年、社会文化史では、植民地時代のアメリカの社会・文化的な発展への教育の貢献が軽視されている。

・初期の近代ヨーロッパ教育史家による大衆の識字に関する研究が参考になる。
・Houstonの研究では18世紀のヨーロッパを扱っており、大衆の識字状況を把握する一次史料として学校が用いられている。
・学校が宗教的な目的も担いながら、識字率向上に貢献していた。(宗教的な改革も識字率の向上を促した)

・アメリカ教育史でも、ヨーロッパ教育史の識字研究からの影響がある。
・Lockridgeの植民地期ニューイングランドの識字研究が有名である。
・学校に注目し、18世紀までのニューイングランドの識字状況を分析。学校を情報源とし、結果として男女の教育格差を強調する内容になっていた。

・その後、Lockridgeの研究に挑戦する研究が出てくる。
・それらの研究は実際の書かれた文字などに注目するアプローチ(例えばサイン署名の分析など。)
・マサチューセッツ州での識字率の高さやその背景が考察される。
・関連する研究がいくつか登場し、17世紀末の識字率の高さや、地域差があったことなども明らかになった。
・女性の識字率が上昇するなkで、読み書きの教師として女性が役割を担うことが増えて来た(18世紀後半)
・コミュニティの特徴とジェンダーをめぐる教育は、地域によってばらつきがあった。
→例えばコネチカット州とマサチューセッツ州では政治的背景や宗教と学校の関係などが異なり、それが識字に影響している。(コネチカット州の方が高い)
・識字研究によって、アフリカ系アメリカ人コミュニティ、先住民をはじめ、様々な集団における通学、識字の状況がわかる。
→さらなる識字研究が必要。

・アンテベラム期の研究は、1960年代以前もあったが、公立学校の発展を前提にした論じ方となっていた。
・その後、クレミンとベイリンがその解釈を批判した。そこで、学校以外の歴史的文脈や他の教育機関・機能も併せて考えるべき、とされる。
・その後の世代では、アンテベラム期の公立学校の発展説を疑問視する人も登場し、解釈が論争的になっている。

・マイケル・カッツのIrony of Early School Reformの例が紹介されている。発展説を否定し、中産階級の利害に注目した。
・ボウルズとギンタスは、学校に労使関係が影響を及ぼしたと解釈した。

・ラヴィッチによるリビジョニスト批判が行われたり、1970年代のカステルの研究などが登場する。
・出席率に関する研究が進む。その結果、定説よりも高い出席率であったり、地域間でのばらつきや、ジェンダー間での差などが明らかになった。
・労働者が学校を支援した背景としては、聖書を読むことや識字ができる労働力を求めたことなどが挙げられる。

・今日のアンテベラム期の教育史研究では、公立学校研究ではなく、私立アカデミーへの注目が高まっている。
・アフリカ系アメリカ人の教育熱の高さも明らかになった。

・リビジョニストは教室で起こる出来事を軽視する傾向があった。
 ➨授業のイメージがしばしば矮小化したり極端に理解される。
・カステルの研究では、複式学級として運営されている教室の実態や、基本スキルの育成が中心で、教科書中心の学習になっていることを明らかにした。(30)

・ラテンスクールVS私立アカデミーの対立などにも注目がなされている。

・大学に入れない子どもで、高い授業料が払えない子どもの教育をどうするか。   →ハイスクールの登場。
・ボストン以外にもハイスクールは見られた。

・初期の歴史家は、ハイスクールは一部の人しか入れない、という点を強調していた。
・カッツの解釈は、ハイスクールには中産階級が集まるというものだったが、賛否が分かれる。
・コモンスクール支持で、ハイスクールは批判的、という人もいた。

・リビジョニストは、アンテベラム期のハイスクールが中産階級向けのものだと思っていた。(例:カッツ)
・下層階級は一部のみ。ラバレーの研究におけるフィラデルフィアの例も1%どまり。
・移民の方が入学しにくかったり、卒業生は社会経済的に恵まれており、貧困層は排除されている状況もあった。

・同時に、コミュニティ内に、ハイスクールが一つという場合が多かったこともあり、ハイスクール内の多様性はあった。
・1875年に 58%がハイスクールある。都市の方が多かった。
・ハイスクールの形態自体も多様だった。

・当時のハイスクールが社会上昇の手段になっていたか、階層維持の機能を果たしていたのかという点については、意見が分かれる。
・ただ、カッツの研究に代表されるように、階層間の不平等を維持する機能を指摘する意見が主流。
・ラバレーの研究では、ハイスクールの在学生の多くが中産階級であることを認めつつも、下層階級の上昇のチャンスがあったと指摘している。

・ハイスクール自体が、職業的な成功や出世と結びついていた。
・ただ、人種差別はとりわけアフリカ系アメリカ人に関して多くあった。

・ハイスクールへの女子の通学状況というのも論点の一つ。
・女性も進学していたが、男性に有利ではあったとされる。

まとめ
・植民地時代やアンテベラム期の教育史は、男女のリテラシーや、ピューリタニズムの教育への影響など、様々な論点に注目する。結果として、教会や地域、政府など幅広い論点が含まれてくる。
・植民地時代、アンテベラム期の教育史は、ヨーロッパの教育史研究の方法論や視点からもっと多くを学ぶべき。社会科学の新しい方法論なども積極的に使っていくべき。
・最近の研究は、これまで見過ごされてきた宗教やエスニック、教室の状況などにも注目している。ただ、地域史的なアプローチが多く、より多くの方法論が望まれる。
・カステルも言っているように、この時代にアメリカでは多くの変化は植民地時代とアンテベラム期に起こっている。ただ、教育史的に軽視されがちなので、さらなる研究の充実が必要である。

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