感想メモ

安藤聡彦・林美帆・丹野春香・北川直実編(2021)『公害スタディーズ 悶え、哀しみ、闘い、語りつぐ』ころから株式会社.

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出版社Web

目次は以下の通りです。

はじめに

第1部 出会う
第1章 生きることの危機 様々な公害.
第2章 語られた公害

第2部 向き合う
第3章 公害を探究する学び
第4章 公害と生きる

※目次の詳細は、出版社Webからご覧ください。

日本の公害に関わる現状、歴史、論点について、包括的にまとめた入門書という位置づけかと思います。

クラウドファンディングによって、内容の豊富さからは想像できないほど安価な本になっている気がします。読者としてありがたい。

公害に関して、多様な視点から、短くも情報量の詰まった論考がずらりと並んでいて、読みごたえがありました。

特に「語られる公害」の内容をはじめ、感情を揺さぶられずにはいれないというか、読んでいる自分自身の立ち位置やスタンスが問われているような感じがする内容が目立った気がします。

いくつか印象に残った箇所をメモしておきます。

一番印象に残ったのは次の文章でした。

環境という概念は、人間同士の差異と不均衡を覆い隠しますが、公害という概念は、人間と人間の間に存在する格差・不平等のしくみをあらわにします。両概念にはそれぞれ強み・弱みがありますが、1970年代以降、「公害から環境へ」という認識の転換が叫ばれ、公害は環境問題のごく一部分であるかのように矮小化されてしまいました。公害は、人間社会に出口の見えないまま保留されているたくさんの課題(矛盾)に目を開かせてくれる、問いの塊です。その凝縮された塊の中に、人間の尊厳や権利について深く問いかけてくる声が響いています。

p.186.

「公害が問いの塊である」という表現、とても印象に残りました。同時に、読んでいて、とてもシックリきました。
個人的には、公害は、日頃私たちが感じていない矛盾や課題を顕在化させてくれる気がします。問いの塊というのはまさにその通りだなと。
関連して言うと、一つひとつのエピソードに熱量や怒りや悲しみがこもっている点が印象的でした。
「身を切り刻むような真摯な葛藤」という以下の表現は、この本を象徴しているようにも感じました。

教訓という言葉をよく聞くようになりました。しかしほんとうの教訓は、身を切り刻むような真摯な葛藤の中からしか生まれないものだと思います。消費社会と言われる中、教訓という言葉まで私たちは観念的に「消費」していないか。教訓という時、不可欠なのはその主体をはっきりさせることです。政治、行政、医学、マスコミ、教育などなど、主体を明確にしたものでなければ抽象的な教訓しか出てこないことは歴史が教えるところです。

p.25.

          

その他、いくつか感想をメモします。

一点目は、公害問題をめぐる解決のしにくさや言葉にしにくい点が様々な形で描写されている点です。
結果として、政府・企業と住民のわかりやすい対立ではないということが改めて感じられます。

公害は人権侵害であるにもかかわらず、得てして被害者自身が社会的圧力や世間の目を気にして、「公害を口にしたくない」と、自ら被害を隠してしまう転倒した現実があります。つまり公害の被害は、被害者の身体影響にとどまらず、社会的・経済的諸関係にも及びうることを示しています。

p.19.

イタイイタイ病は原因企業があって、多くの人が公害で苦しんだという単純な構図ではありません。幾多の訴えを無視して、カドミウムを神通川に流し続けた人間たちがいた。苦痛と絶望の日々を送らざるを得なかった被害住民を黙殺した人間たちがいた。そういう人間たちに力を貸した国や行政があった。つまり、わかりやすくいえば、「人間が人間を押しつぶすもの」、これが公害です。   

p.37.

たとえば、水俣市立水俣病資料館の語り部で、胎児性水俣病患者の永本賢二さんは、原因企業であるチッソに対する気持ちを「好きか嫌いかではなく、真ん中」と表現します。・・・(中略:斉藤)・・・なぜ「真ん中」なのか、被害者であれ加害企業を恨むはずだという疑問が、単純ではない水俣の人間関係への気づきにつながるかもしれません。今も同じ企業城下町に暮らす住民と被害者との間には、容易に理解しがたい複雑な関係があるのです。

p.154.

これらの文章だけでも、公害問題の複雑さが感じられました。

二点目は、公害が差別や不平等と直結する問題であることを示している点です。
先ほどの二項対立ではない、という話と関連するように、問題の社会構造的な背景を感じずにはいられません。

「公害が起こって差別が生じたのではなく、差別のあるところに公害が起きる」と言ったのは50年にわたって水俣病事件と向き合ってきた医師・原田正純氏でした。弱者がまず被害に遭うというのです。実際、水俣病被害も子どもたちから始まっています。・・・(中略:斉藤)・・・また被害は漁民やその家族にあらわれます。漁民達の暮らしは貧しく、社会的な弱者とも呼べる人たちでした。    

p.21.

三点目は、公害問題の市民運動をめぐるリアルな状況が短い論考の中からも伝わってくる点です。
政府や企業が無視する社会問題に対して、どのように市民が連帯を組んでいくか。これは今にも直結する論点だと思いました。

被害者たちは、キノホルム剤を製造・販売した製薬会社とこれを許可・承認した国を相手取って、損害賠償請求の訴訟を起こしました。裁判は東京をはじめ、各地の被害者組織が地元の裁判所に提訴するなど全国的な規模で行われ、1975年5月時点で18の地裁に及んだのです。各地で審理が進む中、製薬会社は一貫してキノホルムがスモンの原因であるということを認めませんでした。一方、被害者たちはビラの配布や座り込み、デモ行進などにより、スモン被害の実情や裁判への関心を広く市民に周知するための運動を展開しました。       

p.88.

四点目は、公害問題が過去の問題ではなく、現代も存在するという意味や事例を様々な形で提供してくれている点です。
同時に、福島原発の訴訟を含め、現代の公害訴訟の重要性や意義が各所で説明されています。公害訴訟がその裁判単体の意義を超えた社会的意義があることがよく分かります。

国にとって、アスベスト被害は「公害」ではなく、補償も不要なのです。 

p.65.

日本では労働災害が少なくなったとはいえ、ケガや死亡事故がなくなったわけではありません。むしろ、低賃金で過酷な労働環境や長時間労働によるうつ病や過労死、自ら命を絶つ労働者のニュースは後を絶ちません。私たちは以前とは異なるかたちで労働災害に直面しているのです。そうした現代の労働災害をはじめ、近年の事故や労災、公害において、被害者救済の責任を負うべき主体が消極的な姿勢を見せることもあります。その姿はかつての三井鉱山と重なって見えます。          

p.73.

復興政策を改善しておくうえで、国と東電の責任解明が重要な意味をもっています。これは、戦後日本の公害問題を振り返れば明らかです。たとえば、四日市公害訴訟の原告はたった9人でした。裁判で加害企業の法的責任が明らかになったことから、1973年に公害健康被害補償法が作られ、10万人以上の大気汚染被害者の救済が実現したのです。このように、公害・環境訴訟は原告本人の救済に留まらない政策形成機能を持っています。原告事故被害者の集団訴訟も、この経験を踏まえて、賠償と復興政策の見直しと、それを通じた幅広い被害者の救済を目指しています。           

p.78.

最後に、個人的にとても気付きが大きかった点として、「公害資料館を育てていく」という発想と出会えたことでした。

以下の引用は本書の最後の方に載っているのですが、この文章を読むことで、公害の問題を語り継いだり風化させない、ということの意味を、今まで考えなかった視点で認識できたような気がします。

利用する方が公害資料館を育てていくことが、公害資料館を豊かにしていくことにつながります。次世代に公害の経験を伝えていくには、「公害資料館が必要だ」と広く認識されることが求められます。多くの人が公害資料館に価値を感じられるかは、利用者が増える「好循環」を作れるかが鍵になるでしょう。

p.192  .

      

分かりやすく、熱く、学びの多い良書だと思いました。

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