感想メモ

草原和博・川口広美(2021)『学びの意味を追究した中学校公民の単元デザイン』明治図書.

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目次は以下の通りです。

はじめに
第1章 学びの意味を求めて
第2章 「中学公民」の単元をデザインする
第3章 学校・教室空間に閉ざさない,デジタル社会へ
おわりに

社会科における単元づくりを実践可能な形で示し、実践を読者に促そうとする本です。公民だけでなく、地理版も、歴史版も出ています。

米国のInquiry Design Model(IDM)の理論に学びつつ、1枚のシートに単元デザインを示した単元プランを様々に提案しています。
また、提案される単元プランでは、問い・活動・資料の3点を核に作られており、単元の流れや、学習者の活動、学問的な裏付け、などが見えやすくなっている気がします。

印象に残ったところをメモ。

一点目は、レリバンスとリゴラスの組み合わせ、バランスが強調されている点です。
特にリゴラスの視点をどう担保するか、自分自身悩んでいたところだったので、とても参考になりました。
「政治や社会を身近に」に留まらない社会科の魅力がここにあるような気も。

レリバントさを追究すると「教育課程」全体で実現するべき市民性の涵養は充実するが、一方で「教科」が果たすべき役割は相対的に弱まる。・・・中略・・・レリバントな課題の解決は、リゴラスでなくてはならない。課題が生じる状況や背景・意味・原因を日常知を超えて批判的・多角的に把握しない限り、その解決策は、私たちを取り巻く規範や常識を再生産し、強化する結論となりかねない。社会科の学びにおいては、課題が生じている状況を対象化して捉え、単なる「思い付き」の状況認識を超えていくことが、解決の質を高めることとなる。反知性主義への抵抗である。

pp.18-19

二点目は、パフォーマンスタスクを導入することで、子どもの活動が見えやすくなった点です。
これに関しては、先のリゴラスの視点と両立できるかどうかがカギになってくる感じもします。

ややもすると従来の教授書型の指導案は、教師の「問い」と教材として提示される「資料」を主にして表現されてきた。両者の往還に学習者は明確に位置付けられていなかた。しかしIDMでは、「問い」と「資料」の間に「PT:パフォーマンスタスク」を挿入することで、学習者は「子供の活動」と「教師の発問」と「資料」の三つ巴で組織されることになった。しかもその活動は、明確な意図(CQとSQ)と明確な根拠(資料)に支えられて行われることになった。子どもはCQやSQの解決という目的的な活動に従事するとともに、その成果を他者に伝える論証の主体として復権した。

pp.31-32.


最後の章のデジタルシティズンシップの話も含め、とても勉強になりました。

(あと、思わぬところで、私の過去の原稿が引用されていることに驚きました。。。)

個人的には、本書がパフォーマンスタスクを導入したことにより、社会科授業をプロジェクトベースでやろうとしていることがより顕著にわかるようになった気がします。

同時に、理論的なフレームを示すだけではなく、現在の学習指導要領や教科書の状況でも実践可能であることを強調しているため、「読者に実践してほしい」というメッセージが濃く伝わってきます。

そういった実践可能性を押し出しながら、プロジェクトベースの授業を提案する場合、実践記録のようなものがあると、読者が実践をイメージしやすいのではないか、と感じたりもしました。

もちろん、一枚の単元プランはとても有用だと思いつつ、
問いと知識の組み合わせではなくなったことで、結果として、
・授業中の生徒の試行錯誤の様子や、
・教師と生徒の対話や形成的評価の実際、
・教師による授業プランの継続的な修正の実際、
などがより想定されやすくなったような気がしています。

もちろん、それはこの本を読んだ読者が自分でアレンジしていくべきものなのですが、実際やってみたらどうなるのか、授業者や学習者にどういう苦労や迷いがあるのか、などについてのエピソードや記述を読んでみたいという気持ちが、私自身は高まった気もします。
(もちろん、授業記録といえども、良い場面だけを切り取っている可能性は常に消えないのですが。)

『社会科ワークショップ』を読んだとき、読者に実践の魅力を伝え、背中を押すのは、エピソードやリアルな描写なのではないか、と感じたことを思い出しています。

いずれにしても、研究的側面を担保しながら、現状でも実践可能な方法を見通せるような、重要な成果だと感じました。

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