感想メモ

【感想メモ】川上具美(2018)『思考する歴史教育の挑戦:暗記型か、思考型か、揺れるアメリカ』九州大学出版会.

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米国の歴史教育の実態を、複数の州での調査研究をもとに、論じた本です。

目次は以下の通りです。

第1章 スタンダードによる教育改革
(アメリカにおけるカリキュラム改革の流れと多文化主義/WASP中心史観による国民統合への回帰と歴史スタンダード論争/スタンダード改革と各州の取り組み/標準テストのもたらす歴史教育への影響/スタンダード改革が歴史教育にもたらしたもの)

第2章 認識論的歴史学へ回帰させる歴史カリキュラム
(州教育庁、教育委員会、学校区が定める教育目標の果たす役割/ニューヨーク州における標準テスト/行政の教育目標やテスト評価のもたらす歴史教育実践の姿/州スタンダードと標準テストの間にあるディシプリン・ギャップ)

第3章 イリノイ州における歴史教育カリキュラム
(イリノイ州スタンダード/学習成果として求められる能力/イリノイ州の教員養成系大学における歴史教育コース/イリノイ州の歴史教育が目指すもの)

第4章 歴史教育におけるディシプリン・ギャップ
(イリノイ州B大学における歴史科教員養成コース/伝統的歴史教育の経験と新しい歴史教育の芽生え/教育実習生を取り巻く環境/実習生の葛藤とディシプリン・ギャップの背景/イリノイ州のディシプリン・ギャップから見えてきた歴史教育改革の課題)

第5章 教育実習生支援とネットワークの構築(教育実習生支援システムの概要/協働的教育実習活動プロジェクト/教育実習生支援とネットワークの可能性と課題)

終章 アメリカ歴史教育からの示唆

(暗記型か、思考型か、揺れる歴史教育/歴史的思考力が目指す社会/本書の課題と日本における今後の展望)

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本書は、主に1990年代以降に発展した歴史的思考力を重視した歴史教育の在り方を支持し、それが普及しない実情や要因を分析し、可能性を提示しようとしています。

1990年代に入り、歴史的思考力を育成するための歴史教育の在り方が提示されるようになった。このような歴史的思考力の育成を図る歴史教育の考え方が出てきた背景には、1970年代からの新しい歴史学、つまりニューヒストリーや修正主義歴史学が、大学における歴史学において主流となっていったことがある。

p.2.

また、大学での歴史学と学校現場で教えられる歴史教育との間に起こるずれを「ディシプリン・ギャップ」と呼び、それが起こる原因を追究しています。

そして、歴史的思考力をはぐくむ授業を妨げる一つの要因として挙げられるのが、ナショナル・スタンダード政策にそれと連動して進んだテスト政策でした。

本書では、テスト政策が歴史教育の現場や教師にどう影響を与えているのか、詳述しており、参考になります。「州スタンダードの導入が教室実践への取り組みに与えた影響は、全体としてそのカリキュラム内容というよりも、スタンダードに基づく標準テストの実施の方が大きい。」(pp.53-54.)と述べられていますが、以下のように詳述されています。

学校評価やアカウンタビリティの徹底から、テストへの準備・達成度の向上といったシステムが構築され、プロトタイプ化された選択問題が用意されるようになった。そのおかげで、生徒や教師は繰り返し標準テストの解き方やコツを習得することに奔走することになっている。数学などの計算問題であれば、これは有効である。しかし、批判的な思考力や資料などの解釈といった能力に対する評価には不向きといえる。標準テストにみられるように、歴史科目のテスト問題は必ずしも歴史的思考力について評価するものとはならず、逆にその時代の政府が求める一つの解釈を正解として理解させ、一つの歴史的な解釈やイデオロギーや思想を生徒に押し付けるものとなっている。

pp.165-166.

実際に、コアカリキュラムにおいて提示されている内容や活動をすべて行っていくことは、限られた授業時間の中では不可能に近い。スタンダードやコアカリキュラムにおいて重視していることは「知的技能」と呼ばれる思考力や分析力であるにもかかわらず、それらの能力育成に必要とする調べ学習を主体とした授業を組んだ場合は多くの時間を割く必要があるが、果たしてこれらの単元やその活動を行うのに許された時間があるか疑問である。…(中略:斉藤)…ヴァンスレッドライトが述べたように、教師が限られた時間内に教科書の単元(unit)を終わらせようと急いで授業を行うことになるのである。

p. 85.

このようにスタンダード政策とテスト政策の連動による負の影響に言及しています。

その後、テスト政策の影響が色濃く出る事例として、ニューヨーク州に焦点化しています。ニューヨーク州では、「生徒にとって標準テストを受けることは義務であり、65パーセントの正解率に達しない場合は落第となり進級もしくは卒業することができない。」(p. 123.)とされます。

政策動向だけではなく、実際の学校の授業の様子を、複数の教師の授業を観察して論じています。
印象的だったのが、途中で出てくるマーカス先生の授業の例でした。

マーカス先生の授業において、歴史的な場面を想像することを重視していたが、そうした意図は逆に生徒は答えを教科書に求めたり、また課題を標準テストに合格するための手段として理解したり、世界史の学習内容に対してドライな関わり方をしていることが分かった。

p. 155.

一方で、テスト政策が比較的緩やかないイリノイ州を考察し、そこに可能性と示唆を得ようとしています。

先述の学習スタンダードに加えて、学んだ知識や技能を活用する能力を評価する基準もイリノイ州では定められている。それが2002年に発行された社会科パフォーマンス評価であり、また2007年に定められた社会科評価フレームワークである。社会科パフォーマンス評価は学習スタンダードに代わるものとして作成されたものではなく、教師がIL州スタンダードに基づいた指導を行うにあたって、さらに具体的な学習活動がわかるように補完的に作成されたものである。そのため教師に対してその活用を義務付けず、活用はあくまで教師の判断に委ねられている。

pp.186-187.

最終的に、いかにして教育実習生が歴史的思考力を育てる歴史授業を教育実習を通して促すことができるか、という論点に移っていきます。その際に現状の教育実習生についての調査研究をもとに、現状の阻害要因などを論じています。

例えば、調査から見えてきたこととして、「多様な人種・民族・宗教に対して非寛容な保護者や生徒に対して教師がナーバスになっていること」「そして従来の歴史教科書とは異なる歴史観を使用する教育への批判が保守派と改革派の論争などを通じて見聞きされてきたこと」などが、教師や教育実習生に不安感や恐れを抱かせ、教科書中心の伝統的歴史教育へと回帰させる大きな要因となっていると指摘しています。(p. 239.)

最終的に、大学と実習先、実習生など協働・支援のシステムを作ることで、上記の問題解決の示唆を得ようとしています

本章における実習生協働のプロジェクト実施や支援システムの構築についてのインタビュー・サーベイ調査から、ディシプリン・ギャップ解消の手立てとして必要なことは次の三つのことであった。まず、一つが実習校の学校管理者や教科担任と大学との間で新しい歴史教育についての考えを共有すること、そして元教員という経歴を生かした大学と実習生との間に立てる大学指導教官のような仲介者の存在、最後に同じ目線や立場からのアドバイスや協力をくれる同僚のような横のつながりが存在すること、つまり実習生の間のネットワークをいかに作っていくかにかかっているということである。

p. 280.

全体を通して、複数の豊富な論点が盛り込まれた本だと思います。
米国の歴史教育の理論研究をする多くの本ともアプローチが異なり、読んでいて、とても刺激になりました。

本書を読みながら、これまでの米国社会科教育史上の有名な実践や理論がなぜ1990年代まで広がらず、1990年代以降に広がるようになっていったのか、という点に興味がわきました。

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