読書メモ

中野重人(1992)『新訂 生活科教育の理論と方法』東洋館出版社.

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1989年に誕生した「生活科」の理論開発や政策導入にも尽力した中野氏による生活科の理論書の改訂版。1989年の学習指導要領との共通点を確認しながら、より理解を深めて読むことができる本であった。

印象的なのは、以下のようなスタンスであった。

「生活科の新設ということは、ただ単に生活科だけの問題ではない。教科の改廃ということは、小学校教育全体の枠組みを変えることを意味しているから、生活科の新設は、これからの小学校教育に何を求めているのかという広い視野で捉えることが大切である。生活科は、21世紀への小学校教育に何を問題提起しているかということである。(p.1.)

このように、生活科の問題を学校教育全体の構造に位置付けて論じようとする点が、全体を通して一貫しているように読めて、その点が刺激的でもあった。

読後感として、いくつか感じたことを記録しておく。

一点目は、発達段階の応じた教育のあり方と、合科的指導の関係性をどう捉えるかという点が考えさせられた。合科的指導の発想の要因の一つは、学校教育における教科分立への反省である(p.21)とされ、第二の要因は、「発達段階に応じた教育のあり方を求めるところ」にあるともされる。この二つは、結果として方向性が繋がるところはあっても、そもそもも発想は同じとか言えないようにも思える。発達段階に対応すると合科的指導が適切、という話と、教科カリキュラム自体を再編成していくべき、という話はだいぶトーンが違う。「体験的な学習活動は、多くの時間を必要とすることから、一教科の学習活動のねらいの達成を含ませることが、時間的ロスをなくす上からもの大切なことである」(p.23.)という効率性の問題とも絡めて、なぜ合科指導をするのか?という点を改めて自分なりに考えてみたい気がした。
仮に生活科が発達段階ゆえという理屈が強いのであれば、それこそ、小3以降、中等教育のカリキュラムはどうなるのかという点が不明瞭にも思えなくもない。

ただ一方で、生活科が目指すのが、知得ではなく体得なんだという点などは、あらゆる話に繋がってきそうにも思える

生活科の教科目標として以下の4点があげられており(p.45.)、とても分かりやすかった。
①具体的な活動や体験を重視する
②自分との関わりで社会や自然をとらえる
③自分自身への気づきを大切にする
④生活上必要な習慣や技能を身に付ける。

二点目は、生活科と「しつけ」に関する論点であった。生活科が生活上必要な技能や習慣を身に付けさせることを狙いの一つにしているがゆえに、「生活科は「しつけ」科であり、児童を一定の枠にはめ込む教科であるという指摘がある。果たしてそうか。」(p.96.)と本書は検討している。この一連の議論を読んで思ったのは、例えば、民主主義社会の一員や地域社会の構成員を育てようとするときに、子どもが世界に関心を持つアンテナは多様にありだろうし、人々と関わるためのコミュニケーションの素地として必要な要素も多様にあるのだろうということだった。あまりに既存ルールに適応的になりすぎない形で、でもスキルとして学んでいくことで社会参加や自己表現がしやすくなることも沢山あるわけで、そこら辺の塩梅がとても重要になってくるのだろうとも思える。(適応と抵抗でないけども。)

その他、「気づきの深化」そのものをダイレクトに扱った議論は出てこないけれども、山形県の山口小学校のアサガオの種をめぐる教師と児童のやり取り場面など含め、深まりを意識させるような描写は所々に見られて、過去に読んだ『気づきの質を高める生活科指導法」を連想することもできた。
同時に、東京女師附小の「直観科」「作業教育」、奈良女師附小の「合科学習」など、過去の事例から多くを学べたり、知的刺激を得られることを再確認させてくれるのも本書の大きな魅力だと感じた。

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