
20世紀の軍拡・軍縮の歴史や論点を押さえつつ、核抑止論を考察しようとした本だと理解した。どうすれば互いに軍縮ができるのか、という論点の中に、「精神病理的な論理」や「狂人の論理」をいかに乗り越えていくべきかが問われていることが分かる。軍縮史におけるゴルバチョフの存在にだいぶ焦点があたっており、個別に学びたい意欲が増す。ゴルバチョフが「一方的軍縮」を行おうとした際に「リスクなどではまったくない」と思っていたのは、国際社会に新しいプロセスを広く打ち出すことで圧倒的な世論の支持を獲得できると確信していた、という話がある(p.142)。ベトナム戦争でのアメリカの撤退へと導いた流れも含め、国際世論の果たす役割やその支持を得られる振る舞いの意義を再認識できる。ここら辺の話は、平和憲法、非核三原則を維持する「日本の選択」(p.298.)の示唆としても論じられている。逆に、ソ連消滅後のNATOが先制使用政策を維持し続けた方針との対比が、対イスラエル政策を含めて西側諸国のダブスタ感が強調されているようにも思う。核兵器と原発政策の関連性についても指摘がなされている。ゴルバチョフが大胆な軍縮を目指すきっかけが、チェルノブイリの事故があるとされるのだが、仮に北朝鮮が日本を火の海にしたいのであれば、核ミサイルがなくても、稼働中の原発に攻撃を加えるだけで大打撃が与えられることを論点に挙げない政府政策にも疑問を呈している(p.201.)。その他、イランが核兵器を持つ方が中東情勢が安定するのではないかという指摘が存在すること(p.232.)、日本の「核の傘」の論理は、本来は占領下での「沖縄の核」を前提に作られており、現代ではその実態が失われている中で根本問題が生じていること(p.276)なども指摘されている。