
「自分の頭で考える」ということの意味を考える機会を与えてくれます。公民科などでも、義務論と帰結主義の二つのフレームから社会問題を考えるアプローチは増えていますが、現代人にとって、カントのいう義務論であったり普遍的な「良さ(善さ)」の議論を腑に落ちるように理解するのが意外と難しくなっているように感じます。物事や対象を見るときに、あらかじめ人間側に存在する普遍的な認識能力やカテゴリー認識・概念によって物事・対象を見ている(それが無いと見れない)という話は、認識論の面白さを改めて感じさせてくれます。また、個々人の幸せや欲望と普遍的な善との対立の中で後者に価値を見出すプロセスは、公共的な善や利益とは何か(公共善が単なる個々人の利益・利害の集合ではないという発想)を考える補助線の役割を果たしてくれます。目的の国、永遠平和の議論も、現代において主流になりがちな、現実主義を相対化し、国家や組織が何のために協力し合っているのかという原理論の視点を再認識させてくれました。同時に、ここでいう「誰にとっても善い」「普遍性」とは、暗黙裡に誰を想定しているのかという、排除の議論へも関心を向けさせてくれる内容でした。