『問いからはじめる教育史』を読了。素晴らしく面白い。序章の「教育史って何の役に立つの?」の問いに対して、その答えにくさ・複雑さを含めて、切れ味鋭く誠実に答えているように感じた。
本書では、狭義の教育史を「教育学的教育史」と呼ぶ。本書はその教育学的教育史から見るとはるかに大きな射程を扱った本となっており、その点も魅力的だ。各分野の研究動向を示し、適切な参考文献リストを示そうという意識が強く伝わってくる。
切れ味の良い文章が多く、例えば、日本のポストモダン的な近代教育批判の流れの中でのアリエスの子ども論の受容を、「極めて一面的」だった批判をしたり、「日本の江戸時代の識字率は世界一位だった」説を否定し、「同時期の北西ヨーロッパには遠く及ばない水準」(p.96.)と訂正している。また、中世の徒弟制の熟練工程の大部分を担ったのが、「非登録徒弟」であったこと(p.114.)や、近代以前に公教育と呼びうるものが存在したこと(p.134.)なども。いずれも歴史解釈に依拠したはずの言説に問い直しを迫っている。
研究史の整理も参考になった。近代公教育の教育史に関しても、伝統的な教育史(教育学的教育史)の人道主義的な解釈に対して、マルクス主義に基礎を置くリビジョニスト(修正主義)の批判が起こり、その後に社会統制論や葛藤論の批判が産まれた経緯であったり、その後に、間国家的な視点も意識した新制度学派、国民国家論が台頭する流れであったり、多様なアクター(地域社会、任意団体、教会、市場など)の複合的な関係への注目が進み、中間団体・民間セクターの再評価されている動向なども説明がなされている。
その他、全体を通して、教育史における市民社会の形成の意義が語られる場面が多い印象を受けた。上からの公教育ではなく、下からの公共圏の生成過程をどう見るかという点と直結するのだと思われるし、なぜ公教育制度が普及したり受容されたのかを問う社会史的な問題意識とも繋がっていると感じた。