『社会保障のどこが問題か』を読んだ。現代・過去・未来を行き来しながら、日本の社会保障と労働のあり方を問い直す本。前半に出てくる話は、自営業者と被雇用者とで社会保障の恩恵が大きく異なる点。「自営業者に、労働者との老後資金の差額2880万円(あるいは5760万円)を自力で形成することを求めるのは制度として公正なことなのだろうか?」(p.36.)という問いが印象に残った。
その問題を解き明かすために、AI時代の労働のあり方を考えたり、「働かざる者、食うべからず」に象徴される日本社会の規範意識の実態を検討したり、「勤労の義務」が制定された戦後当時の記録を追ったり、戦後史における労働環境の変化を分析したりと、様々な考察がなされている。
やはり、自営業者の社会保障面での脆弱さを感じたし、そもそも自営業者は「労働者」として捉えられていないという話(併せてその「労働者観」が今の時代状況に合っていないという話)は改めて考えさせられる。
本書後半の提案では、現在の時代状況を鑑み、社会保障と労働を切り離す可能性を論じている。「勤労の義務を単に道徳的意義のみを有する規定と解釈すれば、勤労の義務が社会保障の権利の前提であるという関係は失われる。」(p.221.)とも書かれており、勤労の義務の捉え方が、現在の社会保障制度の改革可能性を占う一番の鉱脈だと主張していると読めた。
改革案に関しては、マイナンバー制度に期待が大きく持たれていた。その他、情報公開義務にかかわる裁判事例の詳細や、ベーシックインカムの制度設計が「勤労の義務」の解釈如何では憲法違反になりうる話、「勤労の義務」が憲法制定当初の議論では「法的義務」ではなく「道徳的義務」として想定されていたことなど、いずれも勉強になった。
著者の語り方も全体的に読みやすく、今年読んだ社会保障関係の本で一番面白かった気がしました。