荒木和華子(2019)「20世紀転換期における米国南部ペン学校の教養教育から実業教育への転換ー南アフリカにおけるアフリカ人の教育モデル移植の背景としてー」『国際地域研究論集』10, 21-34.
住岡敏弘(2015)「ジョージア州アトランタ市における黒人公教育制度形成に関する一考察一一人種聞の給与平等化闘争に焦点を当てて一一」『教育制度学研究』22, 104-119.
成玖美(1999)「アメリカ南部再建期後の黒人実業教育」『日本社会教育学会紀要』 35, 57-66.
成玖美(2013)「近代アメリカ成人教育史研究の課題ータスキーギ学院研究の今日的意義」『人間文化研究』(名古屋市立大学大学院人間文化研究科)19, 33-44.
↑上記論文の抜粋
p.35.
アメリカ黒人教育の歴史的性格を問うとき、アメリカ史研究におけるひとつの争点となってきた「解放民教育」の評価をめぐる議論にふれておくことは、のちの議論に有効であろう。・・・(中略:斉藤)・・・これまで多くの歴史的研究者がこの歴史的事実を検証してきたが、北部団体や教師の評価には、大きな歴史観の相違が見らえる。
従来、「欧米の社会教育が都市を中心として起っているのに反し近代日本の社会教育が農村を中心として発達してきたということ」が、日本社会教育の歴史的特質として把握されてきた。しかし南部黒人の多くは農村で農業に従事する人々であり、その性格は多分に農村型社会教育の様相を呈していた。
p.40.
南部黒人にとって実業教育振興はどういう意味を持ったのか。当時の黒人の社会的平等をめぐるイデオロギー対立論議という狭い枠組みではなく、比較社会教育史の視点から、「近代化と実業教育振興」という文脈においてその歴史的性格を問う姿勢が求められるであろう。
p.41.
井上昌義・岩崎圭祐(2023)「地域社会の課題解決の担い手育成を目指す公民教育の授業開発ー外部連携の方法に着目してー」『公民教育研究』30, pp.1-16.
↑上記論文の抜粋
p.5.
ここで特に留意したいのは、外部人材と子どもが議論することに対して相互に意味を見出すことができるような環境を教師が整備することである。具体的な教師の役割として、外部人材に対し、子どもの意見は外部人材の問題意識を解決する可能性があることを伝えることが考えられる。子どもに対しては、課題解決のためには多様な世代や立場の考えが関わり、自己とは異なる意見を踏まえて考えることの必要性に気づかせ、新たな他者と共に創り上げることに意味を見出す指導を行うことが考えられる。
一方で、子どもAのように「地域を変える」ことに着目して意味付けを行った子どもは少数だった。「課題解決の提案を通した地域社会への発信」や「フィードバックに基づく学習に対する社会的意味付け」といった学習活動に取り組んだとしても、多くの子どもは、実践者が期待した教育的効果(地域の担い手としての自覚や社会参加意識の醸成)とは異なる観点から学びを振り返っていたのである。このような結果となった要因として、フィードバックに基づく学習の社会的意味付けを子どもに委ねてしまったことが挙げられる。
p.13.