目次は以下の通りです。
第1章 環境外交20年の軌跡
第2章 環境政策の根底にある思想・アメニティ
第3章 自然をまもる住民の運動
第4章 親水権の確立をめざして
第5章 文化財保護から歴史的環境の保護へ
第6章 ナショナル・トラストの思想と活動
第7章 環境教育の探究
世界的な環境保護政策やその背後にある住民運動の様子が感じられる本です。
公害問題、歴史的景観、環境政策、住民運動などの論点を繋ぎ合わせて理解できる本だと思いました。
いくつか、印象に残った点をメモします。
一点目。
公害運動から、より広い快適環境を保護していくための運動として、1960年代から、1980年代あたりの流れが論じられている点です。
わが国では近年、環境政策の重点が、公害対策から快適環境、すなわちアメニティの創造へと拡大してきた。環境の思想・アメニティは、わが国では、1970年代の後半から注目されるようになり、80年代になって、広く社会に定着してきた。各地で、この思想に根差した住民運動や自治体活動がさかんになってきている。
p.60.
公害を体験することで生活環境を見つめる目をとぎすませることになった住民たちは、身の回りを見つめることによって、改めて自然環境のひどさに気づいたのである。・・・(中略:斉藤)・・・さらに公害、自然破壊につぐ第三の段階として人々は、70年代のなかばごろから、歴史的環境の破壊を現代の環境問題の重要課題として認識するようになった。歴史的環境を地域の住民の精神的連帯のシンボルとしてとらえ、その消滅が住民生活のうえで、いかに深刻な影響をもたらすか、ということを知るようになったのである。
p.69.
こういう視点でみると、都市部の街路樹の設計一つでも重要な論点となってきます。
これらの視点の中核として「アメニティ」の概念が位置づけられています。以下のように定義されています。
単に一つの特質をいうのではなく、複数の総合的な価値のカタログである。それは芸術家が目にし、建築家がデザインする美、歴史がうみだした快い親しみのある風景をふくみ、ある状況のもとでは効用、すなわち、しかるべきもの(たとえば住居、あたたかさ、光、きれいな空気、家の中のサービスなど)が、しかるべき場所にあることと、すなわち全体として快適な環境をいう。まさに、「しかるべきものが、しかるべきところに存在する」状態を保存し、創造していこうとする思想である。
pp.63-64.
二点目。
全体として、草の根や住民運動から実現する環境保護政策が多く紹介されていることです。
ナショナルトラスト運動の思想に触発されつつ、鎌倉の市民運動、知床半島の原生林の復元運動、和歌山県田辺市の天神崎買取運動など始まったプロセスなどは象徴的です。(p.173, 210.)
「歴史的環境の保全や再生を訴える住民運動が、まや、地域づくりの中心的な運動のひとつにまで成長していくプロセス」(p.153.)なども紹介されています。
また、草の根という意味では、世界レベルでのNGO団体の存在も指摘されています。
地球規模の環境問題の解決は政府間の取り決めだけで達成できるものではない。住民を中心とする広範な人々の協力が不可欠である。そこでスイスのジュネーブに置かれた国連環境開発会議事務国は、準備段階から加盟国各国に対して、政府代表と並んでNGO(非政府組織)グループの参加を呼び掛けている。これに応えて各国では、住民運動関係者をはじめ経済界、学界、労働界など各方面で、「ブラジル会議」へどのような方針をもって望むか、それぞれ討議を重ねてきている。
p.10.
同時に、「地球サミット」の頃から、南北で利害対立が鮮明であったこと(p.17.)や、だからこそ、国家の利害を超えた国際組織の必要性があることが感じられます。
その他。
・アメリカではじまった、「環境アセスメント」の手続き(大規模な公共事業計画については、それが周りの環境に及ぼす影響を事前に審査したうえで、その結果を公表し、住民の意見をきいて計画を修正する、一連の手続き)を高く評価しています。国政がなかなか導入しないことに対して、東京都、神奈川県、川崎市など各地の地方自治体は条例を制定したプロセスを論じ、「住民参加と情報の公開を基盤とする環境アセスメントこそは、その国の行政の民主化のレベルを示すものと私は思う。」(pp.38-39)と述べていること。
・日本と欧米諸国を比べ、同じく先進工業国にもかかわらず、わが国にくらべて西欧社会の環境破壊が、それほどひどくなかった理由として、「住民の側にも、開発を目指す側にも、このアメニティの思想が、共通の価値観として、厳然と存在していたから」と指摘していること。(p.65.)
→これに関しては、欧米と日本では先発・後発的な意味での産業発達のプロセスが違うことも加味して考える必要がある気はしました。
・そのほか、川や湖、海岸など、多様な環境保全についてもそれぞれの運動や政策が紹介されています。
・アメニティやナショナルトラストの思想が、18世紀後半の工業化と都市化が進むイギリス社会の中で「貨幣価値では測れず、それ故にまた住民生活にとって根源的価値をもつものを重視する」という発想として生まれたこと。さらには、これらの思想が、都市に集中した下層社会の人々の生活を救済するために、都市計画事業を進めた人々が、使命感を持ってこれに取り組む過程で生まれたこと。(p.204.)