目次は以下の通りです。
序 民主主義の危機
第1章 民主主義の「誕生」
第2章 ヨーロッパへの「継承」
第3章 自由主義との「結合」
第4章 民主主義の「実現」
第5章 日本の民主主義
結び 民主主義の未来
民主主義の理念や枠組み、語られ方の変遷をまとめた本です。
新書という形態や、著者の丁寧な語り方などもあり、読みやすいと思います。
民主主義の曖昧さについて、正面から取り扱っています。「はじめに」で以下のように書かれています。
私たちが自明だと思っている民主主義ですが、よくよく考えて見ると、それが何を意味するのか分からなくなってしまいます。
p.7.
「民主主義は多数決の原理だが、少数者を保護することでもある」
「民主主義とは選挙のことだが、選挙だけではない」
「民主主義は具体的な制度だが、終わることのない理念でもある」
民主主義を語るとき、どうしても「~ではあるが、それだけではない」という語り方がつきまといます。
同時に、現代国際社会におけるポピュリズムの台頭や、「チャイナ・モデル」が一部で魅力的に捉えられ始めていることなどを受け「民主主義の危機」と論じています。
それらを踏まえつつ、古代ギリシャから始まる民主主義の言葉の用いられ方の変遷を本書では整理・検討しています。
印象に残った点をメモ。
一点目
「民主主義」という言葉が、長きにわたってマイナスのイメージでとらえられてきたことについて、詳しく論述されています。これは同時に、民主主義に対する批判の歴史でもあります。
古代ギリシア時代から民主主義への批判はあり、プラトンやアリストテレスらも民主主義に懐疑的だったこと。古代ローマ帝国では、民主主義ではなく「共和制」の言葉が用いられたこと。さらに、アメリカ独立期においても、「共和主義」は用いられるものの、「民主主義」という言葉は避けられていたこと。などです。
その後の歴史を考えると、民主主義という言葉はどちらかといえば否定的な意味合いで用いられることになります。そこにはつねに「多数者の横暴」や「貧しい人々の欲望追求」という含意がつきまといました。これに対し共和政は「公共の利益の支配」として政治体制のモデルとして語られ続けたのです。
p.79.
建国期のアメリカにおいて「民主主義」という言葉がとくに積極的に使われたわけではありません。彼らが好んだのはむしろ、共和政や共和国を意味するRepublicでした。その限りにおいては、アメリカ独立をもって、近代における民主主義の多いな出発点というのはどうしても、躊躇してしまうのです。
p.107.
二点目
民主主義の言葉にポジティブな意味を持つようになるプロセスも詳述されています。
その契機の例として、たとえば、アレクシ・ド・トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』の内容でもあり、ジョン・スチュアート・ミルの代議制民主議論などが挙げられています。
全体として、議会制民主主義や代議制的な民主主義の「現実的な」価値が強調される中で、民主主義のポジティブな側面に注目が集まっていくように、私には読めました。そういう意味では、民主主義は最善の制度というよりも、最も「マシ」な制度という意味合いを感じます。
また、20世紀の世界大戦へのアメリカ参戦の旗印が「民主主義」であるという点などは、「民主主義」の語の用法が大きく変わったことを感じます。
この本(『アメリカのデモクラシー』:斉藤註)を一つのきっかけとして、古代ギリシア以降長きにわたって否定的に語られてきた民主主義は、再び積極的な言葉として浮上します。『ザ・フェデラリスト』にせよ、「社会契約論」にせよ、民主主義という言葉は、積極的な意味合いで用いられていませんでした。民主主義の用法がここで大きく変わったのです。
p.143.
新たな覇権国として台頭しつつあったアメリカは、二つの世界大戦に参戦するにあたって、民主主義の擁護を掲げました。結果として民主主義は世界的な大義となり、20世紀はまさに「民主主義の世紀」と呼ばれるに至りました。長く否定的な含意で使われてきた「民主主義」という言葉は、ここで完全に意味が逆転したのです。
p.174.
三点目
民主主義に関する様々なバリエーションの考え方が学べる点です。
歴史的に見た時に、例えば、知識、能力、態度などがある(という意味自体も論争的ですが)人だけに投票権を与えようとする考え方や、強い執行権を求める考え方、大衆に対する懐疑的な視点を持った上での民主主義論など、様々なバリエーションが論者の詳細と共に示されています。
それぞれの時代の文脈を意識する意味でも、同時に現代の制度を俯瞰的に捉える意味でも一つ一つに含意があるような気がしました。
その他にも、色々と気になる情報は多かったです。
たとえば、今の私たちからみて、直接民主制よりも代議制民主主義の利点が多いと常識的に捉えるようになった背景には、アメリカ建国期の著書『フェデラリスト』などの語りが影響している(pp.107-108)、という点も興味深かったです。
また、古代ギリシアのことに詳しく言及がされています。「農民として自ら生産活動も担った市民たちが、そのような活動と区別して政治などの公共的活動を捉えていた」(p.47.)という、農民としての市民像も私は十分に持っていなかったので、印象に残りました。