古典メモ

片上宗二(1985)『社会科授業の改革と展望:「中間項の理論」を提唱する』明治図書.

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片上宗二『社会科授業の改革と展望』を読了。現代的示唆に富む本だと感じた。今も、「・・なのになぜ~~なのか」のようにして、生徒の認知的な不協和や驚きを誘い、そこからなぜ型の授業を展開する授業論は一定の人気がある。ただ本書はそういう授業に対して批判的だ。

批判の理由は複数あるが、戦後初期のように教師と生徒の情報間格差が機能しないことや、勢いよく未知の情報を次々に見せて疑問を持たせる流れに無理があることなど言及されている。一方本書が示しているのは、もっとじっくり、どの子どもでも参加しやすく自分なりの疑問が持てそうな導入の流れだ。

本書も生徒が疑問を持つことは奨励しているが、本書が問題視しているのは、教師の持つ問いに引っ張り込もうとする導入と、それを追究していく一直線的な流れ(ワンウェイと呼ばれる)に対してだと思われる。人が疑問を持ったり深めるプロセスはもっとじっくりしたものなのではないかと問いかける。

そこから展開される知識論は、知識の高次・低次を分ける発想ではなく、点的知識、線的知識、面的知識、立体的知識へと成長を促すものだった。印象的なのは、点的(個別的な)知識を集めていくことの重要性を強調していることだ。ここら辺に、著者の教育史家としての一面を私は勝手に感じていた。

本書の中で私がもう一点惹かれたのは、本書が本質論と技術論、授業論を関連付けて捉えるべきとした点。具体的には本質論から行く方法と技術論から行くデメリットの両方があり、両者をいかに関連して考えていくか。そこに「中間項の理論」(マートン)が必要とされた一つの理由があるようだ。(続)

ただ正直、授業理論としては抽象的な印象を受けた。でも、そもそも著者の発想は強固な理論化を目指していないかもしれず、抽象的くらいで良いのかもしれない。同時に凄く具体的な授業記録や、生徒の発言記録を示し分析したり、長岡氏の授業を良例として出す点も含め、理論研究とは何か考えさせられる。

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